夜勤へ入って間もない夕方だった。廊下を通りかかったとき、窓のところに利用者さんが立っていて、手にした杖の先が窓の鍵に当たっていた。

叩いていた。それも、当たっただけという動きではなかった。杖を使って、鍵をこじ開けようとしているように見えた。

その窓の鍵には、もともと不具合があった。結果として鍵は壊れなかったし、窓も開かなかった。ただ、開いていたら取り返しがつかなかったかもしれない、という場所だった。

声を掛けた。行動は止まらなかった。会話で「何をしようとしているのか」を確かめられる状態でもなかった。そして、そのフロアの夜勤者はワイ1人だった。

タイトルに書いたとおり、その利用者さんはその日のうちに、夜勤者が2人いる別のフロアへ移った。この記事は、その一連の出来事を、当時のワイが見ていた範囲で書き残すものや。

▷ この記事で分かること

  • 夜勤入り直後、廊下の窓で実際に起きていたこと
  • 鍵が壊れなかったという結果と、当時あった危険を分けて考える視点
  • 「帰ろうとしていた」が事実ではなく筆者の推測である理由
  • 1人夜勤では、なぜその人だけを見守り続けられなかったのか
  • 上司へ報告してから、その日のうちに別フロアへ移るまでの流れ
  • 安全のために生活場所を変える判断を、今どう振り返っているか
  • 同じ場面で、観察事実と推測を分けて何を記録・報告するか

※見出し画像はイメージです(AI生成)


夜勤入り直後、廊下の窓で見つけた光景

ワイが以前働いていた介護施設での出来事や。そのフロアには、比較的身体能力が保たれている利用者さんが多かった。自分の足で立てて、自分の意思で行きたいところへ移動できる人たちや。

その日は夜勤で、入って間もない夕方の時間帯だった。夜勤帯に入ったばかりというのは、フロアの状況をひととおり把握しながら、これから朝までの流れを組み立てていく時間でもある。

廊下を通りかかったとき、窓のところに、杖で歩いていた利用者さんが立っていた。

手が動いていた。杖の先が、窓のクレセント錠に当たっていた。何度か当たっているのが分かった。ただ、当たっているだけではなかった。杖を使って、その鍵をこじ開けようとしているように見えた。叩く動きと、こじる動きが混ざっていた。

もう一つ、ワイの頭に引っかかっていたことがある。その窓の鍵には、もともと不具合があった。どういう経緯でそうなっていたのか、いつからだったのか、どこまで報告されていたのかは、ワイには分からない。ただ、その鍵が万全の状態ではないことは、その場で分かっていた。

結論から書いておくと、鍵は壊れなかった。窓も開かなかった。物として何かが破損したわけではない。

それでも、あの場でワイが感じたのは「ああ、鍵が壊れなくてよかった」という安心ではなかった。もっと単純に、これは止めなあかん場面やという感覚のほうが先に来た。

なぜそう思ったのかは、次に書く。

窓が開いたら、取り返しのつかない事故になり得た

その窓は、地上から高さのあるフロアにあった。何階かは書かへん。ただ、そこから外へ出れば、転落など命に関わる事故につながり得る高さだった、という点だけは押さえておいてほしい。

窓が開くというのは、その場では単に「外の空気が入る」という意味やない。人が通れる開口部ができる、ということや。杖を使ってでも歩ける身体能力があるなら、開いた窓に対して身体を動かすことも、可能性としてはある。

ここは慎重に書いておきたい。ワイは、その利用者さんが飛び降りようとしていたとは書かない。そんなことは確認できていないし、本人がそう言ったわけでもない。窓の向こうで何をするつもりだったのか、そもそも窓の先に何を見ていたのか、ワイには分からへん。

ただ、危険というのは、本人の意図がはっきりしてから初めて発生するものやない。開けば重大な事故になり得る開口部があり、そこに働きかけている人がいて、その鍵に不具合がある。この三つが同時に成立している時点で、その場は危険な状況やった。

そして、結果として何も起きなかったことと、当時の危険度は別の話や。

介護の現場では、事故が起きなかった出来事は、どうしても軽く扱われやすい。実際に怪我人が出ていない、物も壊れていない、記録の上でも大きな出来事にはならない。だから「そこまでの話やなかったんちゃう」と後から言われることもある。

でも、鍵が壊れなかったのは、そのとき鍵が持ちこたえたからや。持ちこたえる保証がどこにあったかというと、少なくともワイには分からへんかった。不具合があると知っている鍵に、道具で力が加わり続けている。その状態を「まあ大丈夫やろ」と流せる根拠を、ワイは持っていなかった。

ワイには帰ろうとしているように見えた。でも確認はできなかった

あの光景を見たとき、ワイの頭に浮かんだのは「帰りたいんかな」ということやった。

外へ出ようとしている。どこかへ行きたいのかもしれない。家に帰ろうとしているのかもしれない。そういう見立てが、自然と出てきた。

ただ、ここははっきり分けて書いておく。それはワイ側の推測であって、本人が話したことやない

ワイは声を掛けた。それでも行動は止まらなかった。そして、会話のやり取りで「何をしようとしているのか」を確かめられる状態ではなかった。だから、帰宅願望があったのかどうかも、外へ出て何をするつもりだったのかも、確認できていない。

介護の現場では、この種の推測が、いつの間にか事実として扱われることがある。「帰宅願望が強い方です」という一文が申し送りに書かれて、それを読んだ職員は、その人がなぜ動いたのかを、もう考えなくなってしまう。ワイ自身、そういう申し送りを読んで、そのまま受け取ってきた側でもある。

本人には本人なりの理由があったかもしれへん。それが帰宅願望だったのか、まったく別の何かだったのかは、分からないままや。分からないと書いておくほうが、あとから読む職員にとって誠実やと思う。断定してしまえば、その人を見るための余地が、そこで閉じてしまう。

だから、この記事の中でも、ワイの見立てはずっと「見立て」として書く。

歩ける人ほど、見守りが簡単とは限らない

介護の現場では、利用者さんの状態を「介助量」で見る場面が多い。移乗に何人要るか、食事に介助が要るか、排泄はどうか。そういう軸で見ていくと、自分で歩ける人は「手のかからない人」に分類されやすい。

実際、身体介助という意味では、その分類は間違ってへん。抱えて起こす必要も、車椅子を押す必要もない。

ただ、あの日の出来事を経験してから、ワイはその見方に引っかかるようになった。

歩けるということは、行きたい場所まで自分で移動できるということや。杖を扱えるということは、手に道具を持って、それを目的のために使えるということでもある。廊下の端の窓まで行けて、そこにある鍵に対して、道具を使って働きかけられる。その一連が成立するには、それなりの身体能力が要る。

身体介助の量と、見守りの必要性は、同じ尺度では測れへん。むしろ、動ける人のほうが、職員の目の届かない場所へ自分で到達できるぶん、見守りの難易度は上がることがある。

そして、そこに1人夜勤という条件が重なった。夜勤者が1人しかいないフロアで、特定の一人の隣に付き続けることは、現実的にできへんかった。他の利用者さんへの業務が、そこで全部止まってしまうからや。

結果として、その利用者さんはその日のうちに、夜勤者が2人いる別のフロアへ移った。

ここから先では、その判断に至るまでに何があったのかを、順を追って書いていく。何を事実として確認できて、何が推測だったのか。1人夜勤で具体的に何が成立しなかったのか。上司への報告から即日の移動まで、どういう順番で進んだのか。そして、人の生活する場所を変えるという判断を、今のワイがどう振り返っているのか。

ここから先で書くこと

  • 声掛けで意図を確認できない中、何を事実として見たのか
  • 1人夜勤では、その人だけを見守り続けられなかった理由
  • 上司へ報告し、その日のうちに別フロアへ移ってもらった経緯
  • 夜勤2人体制のフロアへ移すことが、なぜ現実的な対応だったのか
  • 本人の生活場所を変えた判断を、今振り返ってどう考えるか
  • 同様の場面で、観察事実と推測を分けて何を報告するか
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