夜勤をやったことがある人間なら、分かると思う。

深夜帯の施設というのは、昼間とは別の場所になる。
照明が落ちて、スタッフの人数が減って、廊下の静けさが耳に刺さるくらい濃くなる。
そこに一人か二人で立って、何十人もの利用者さんを夜通し見守る。

それがワイらの仕事や。
20年やってきて、夜勤の「しんどさ」にはある程度慣れた。
急変、転倒、徘徊——どれも経験してきた。対応の仕方も、体が覚えてる。

でも、今回話す種類のしんどさだけは——慣れるという感覚がない。
「悪意を持って、こっちを消耗させようとしてくる人間」への対応や。

これは嫁から聞いた話で、ワイも現場で顔は知ってた。
嫁が夜勤で担当した、杉本さんという利用者の話をする。


夜勤という戦場について

まず、夜勤の現場がどういう状況かを知らへん人のために、少し説明しておく。

介護施設の夜勤は、たいてい1フロアに1〜2人のスタッフで回す。
施設の規模にもよるけど、20〜30人の利用者さんを、夜通し一人か二人で見るのが当たり前の現場が多い。

日勤帯なら「ちょっと待ってください」が通じる。他のスタッフに声をかけられる。判断を仰げる人間がいる。
でも夜勤帯は違う。基本的には一人や。判断も、対応も、全部自分でやる。

ナースコールが鳴ったら行く。対応して、部屋を出る。記録をつける。また鳴ったら行く。
これを、夜通し繰り返す。

体力的なしんどさは、もちろんある。でもそれより消耗するのは——「いつ鳴るか分からない」という緊張が、一晩中続くことや。
少し落ち着いたと思ったら鳴る。記録を書き始めたら鳴る。トイレに入ったら鳴る。
その積み重ねが、夜明けに向けてじわじわと神経を削っていく。

それが「普通の夜勤」や。
杉本さんがいた夜は、その「普通」をはるかに超えてた。


杉本さんという利用者のこと

杉本さんは80代の男性やった。
足腰はまだしっかりしていて、一人でトイレにも行ける。認知症の診断はついてへんかった。
会話もちゃんと成立する。こちらの言ってることも、きっちり理解してる。

それが、この話の核心やった。

認知症で夜中に何度もコールを押す利用者さんは、介護の現場にはいる。
それはしんどいけど、「この人には分からへんのやから」という気持ちで向き合える。
でも杉本さんは、全部分かった上でやってた。

日中のスタッフの間では、杉本さんへの評判は「気難しい人」やった。
自分のペースを乱されることを嫌う。スタッフへの要求が細かい。気に入らないことがあると、すぐに不満を口にする。
問題は、杉本さんの「気難しさ」が夜勤帯に別の形で出てくることやった。


最初のコールが鳴った夜

消灯が終わって、夜勤の深夜帯に入った。
21時を過ぎたころ、杉本さんの部屋からナースコールが鳴った。

嫁が部屋に入ると、杉本さんはベッドに座ってた。
特に体調が悪そうなわけやない。痛みを訴えてるわけでもない。

「杖を持ってきてくれ」

杖はベッドの脇に立てかけてあった。手を伸ばせば届く場所に。
嫁は杖を手渡して、部屋を出た。

5分後、また鳴った。部屋に入ると——

「水を持ってきてくれ」

ベッドサイドのテーブルに、コップが置いてあった。
嫁は水を注いで、手渡して、部屋を出た。
また鳴った。また、鳴った。

毎回、用事がある。でも毎回、自分でできるか、すでにそこにあるものの話やった。
1時間が経ったころ、嫁は気づいた。
これは、試されてる。


「試してやろう」という確信犯

後から分かったことやけど——杉本さんは、新しいスタッフが夜勤に入ると、必ずこれをやってたらしい。

コールを押す。来たら、また押す。何回来るか確かめる。
どこまで対応するか、どこで限界を迎えるか——それを、意図的に測ってた。

「来るかどうか試してやろう」——杉本さんは後日そう口にしたことがあると、施設のベテランスタッフから聞いた。
でも、それを受ける側の夜勤スタッフにとっては——そんな事情は関係ない。
鳴るたびに行く。行くたびに、また鳴る。
その夜、コールは2時間近く続いたという。


入れ歯がない口から、言葉が出てくる

夜間、利用者さんは就寝前に入れ歯を外す。杉本さんも、夜は入れ歯を外してた。

入れ歯がない状態というのは、発音がかなり変わる。言葉の輪郭がぼやける。聞き取ろうとしても、何を言うてるか分からへん瞬間が出てくる。

コールが続く中で、嫁が一番消耗したのは——部屋に入っても、何を言うてるか聞き取れへん場面が出てきたことやったと言う。

コールが鳴る。急いで部屋に入る。杉本さんが何かを言う。聞き取れへん。
「もう一度おっしゃっていただけますか」と聞く。また言う。まだ聞き取れへん。
杉本さんの顔に、苛立ちが滲む。

「だから、○△×□って言うてるやろ」

それでも聞き取れへん。ようやく聞き取れた内容が——「枕の向きを変えてくれ」やったりする。
夜勤のスタッフには、悪意かどうかを判断する余裕がない。ただ、対応し続けるしかない。


おむつ交換の最中に、また鳴った

夜勤帯の業務は、杉本さんだけやない。他の利用者さんの巡回がある。トイレ誘導がある。おむつ交換がある。

一人の利用者さんのおむつ交換の途中で——杉本さんのコールが鳴った。
手が離せへん。すぐには行けへん。コールは鳴り続ける。

そのとき、ナースが動いてくれた。
嫁がおむつ交換で手を離せへん間、ナースが杉本さんの部屋に向かった。

杉本さんのコールが、チーム全体を動かし始めてた。

嫁がおむつ交換を終えて廊下に出ると、ナースが杉本さんの部屋から出てくるところやった。
ナースの顔は疲れてた、と嫁は言う。


「無視したい」という気持ちと、できへん理由

正直に書く。
夜勤スタッフが「このコール、無視したい」と思う瞬間は、ある。
2時間、同じことの繰り返し。入れ歯がないから聞き取れへん言葉を、何度も聞き直す。その間も、他の利用者さんのことが頭から離れへん。

「もう行きたくない」という気持ちが出てくるのは、当然やと思う。
でも、できへん。

コールを無視して、万が一杉本さんが転倒したら——それはスタッフの責任になる。
「コールが鳴っていたのに対応しなかった」という事実が残る。
介護の現場では、「行かない」という選択肢が、事実上存在しない。
それを分かった上でコールを鳴らし続ける杉本さんは——スタッフの逃げ道を塞いでいた。


2時間が経って、ナースが動いた

コールが始まってから、2時間近くが経ったころ。
嫁はナースに状況を報告した。
「杉本さんが、ずっとコールを鳴らし続けています。対応しても、また鳴ります」

ナースは少し考えてから言った。

「眠剤、使いましょか」

22時ごろ、ナースが杉本さんに眠剤を飲んでもらった。
しばらくして、コールが止まった。

嫁はその夜、コールが止まった瞬間のことを「静かすぎて、逆に怖かった」と言っていた。
2時間鳴り続けた音が止まると、その静けさがまた別の重さを持ってくる。
夜勤というのは、そういう場所や。


眠剤を飲んでも、朝はちゃんと起きてた

眠剤を渡す前に、ナースが言ってたらしい。

「朝、起きてこんかもしれへんけど」

でも杉本さんは、朝の起床時間にちゃんと目を覚ました。
眠剤の影響を感じさせへんような、いつも通りの顔で。

嫁からその話を聞いたとき、ワイは思わず笑いそうになった。
笑い話やない。でも——あれだけの夜を作っておいて、翌朝ちゃんと起きてくる生命力に、何とも言えへん感情が湧いてきた。
「すごい爺さんやな」とワイは言った。嫁は「全然笑えへん」と言った。
それはそうや。消耗したのは嫁の方やから。


「試す利用者」が生まれる背景

嫁がこの話をしてくれたのは、夜勤明けの翌日やった。
疲れ切った顔で、でも淡々と話してくれた。

ワイはその話を聞きながら、ずっと別のことを考えてた。
杉本さんは、なぜあれをやったんやろ——ということや。

「来るかどうか試してやろう」——その言葉が、ワイには引っかかり続けてた。
なぜ「試す」必要があったのか。なぜ、来てくれるかどうかを確かめたかったのか。

施設に入るということは——家を離れる。慣れた環境を離れる。自分のペースで生きることが、少しずつ難しくなる。
食事の時間も、起きる時間も、風呂に入る時間も——施設のルールに合わせていく。自分で決められることが、少しずつ減っていく。

20年この仕事をしてきて、ワイが気づいたことの一つは——「困った利用者」と呼ばれる人の多くに、「自分はここで大切にされてるか」という不安が根っこにあるということや。

杉本さんも、たぶんそうやったと思う。
「コールを押せば来てくれるか」——それは意地悪やなかったかもしれへん。「自分のことを、ちゃんと見てくれてるか」の確認やったかもしれへん。
コールを押すことは、杉本さんにとって——「ワイはまだここにおるぞ」という、唯一の主張やったのかもしれへん。

でも、だからといって「仕方ない」で終わらせることもできへん。
受けた側のスタッフは、確実に消耗した。
背景に理由があっても、現場への影響は現実として存在する。理解することと、許容することは、別の話や。


夜勤でコール爆撃に遭ったとき、明日からできること

綺麗事は言わへん。「気持ちを切り替えて」「利用者さんの立場になって」——そういう言葉は、2時間コールを受け続けた夜勤明けには何の栄養にもならへん。

一つ目。一人で抱えへんこと。その夜のうちに、誰かに状況を伝えること。

嫁がナースに報告したのは、2時間経ってからやった。もっと早く言えたら、もっと早く動けた可能性がある。
「これくらいで報告するのは大げさかな」と思う気持ちは分かる。でも、コールが繰り返される時点で、それは十分に「報告すべき状況」や。
一人で抱えることが、一番体を削る。

二つ目。記録に残すこと。何時に何回、どんな内容で対応したかを、具体的に書いておくこと。

コール爆撃は、記録に残らへんと「その夜だけの話」で終わる。でも記録が積み重なると、「この利用者さんは夜間のコール頻度が高い」という事実として見えてくる。事実として見えてくると、施設として対応を検討できる。
記録は、次の夜勤スタッフを守る武器になる。

三つ目。「消耗した自分」を、責めへんこと。

2時間対応し続けた。限界まで動いた。それは十分すぎるくらい、ちゃんとやった、ということや。
あの状況で消耗しない人間はいない。
消耗したことは、頑張った証拠や。それ以上でも以下でもない。

そして最後に一つ——日中の関わりに時間をかけることで、夜間のコールが減ることがある。
「自分はここで大切にされてるか」という不安が根っこにあるなら、昼間にその不安を少しでも埋めることで、夜中に確認する必要が薄れる。
名前を呼ぶ。話しかける。その人の話を聞く。特別なことやない。でも、その積み重ねが——夜勤帯のコール頻度に、じわじわと影響することがある。

理解することと、消耗しないこと。その両方を持ちながら、明日の夜勤に向かう。
それが、ワイらにできる、たぶん唯一の正解や。


夜勤でコール対応に追い詰められたことがある人、今まさにそういう利用者さんを担当してる人——この記事が少しでも「自分だけやなかったんや」と思えるきっかけになったなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。

嫁も、あの夜のことを今でも覚えてる。
消耗したことも、コールが止まった瞬間の静けさも、翌朝杉本さんがちゃんと起きてきた顔も。
忘れられへん夜というのは、介護の現場で働く人間には、必ずある。
それを抱えながら、また明日の現場に立つ——それがワイらの仕事や。

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