この記事は、やきんかいごが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。
「早う家に連れて帰って。早う帰して」
その声が耳の奥に残ってます。
穏やかな笑顔と、独特の笑い方が印象的なお婆ちゃんでした。
でも帰る時間が近づくと、別人みたいに「帰りたい」を繰り返した。
介護の現場で働いてると、こういう場面に何度も出会います。
「また言ってる」「さっきも説明したやん」――心のどこかでそう思ってしまう瞬間、ありませんか?
この記事は、そんな自分への問い直しの話でもあります。
遠藤関が大好きなお婆ちゃん

ショートステイで来られていた、小柄なお婆ちゃんがいました。
笑顔が本当にチャーミングで、笑い方も独特でした。声を出してというよりも、目をほそーくして、肩をゆらすような笑い方。見てるこっちまで自然と笑顔になる。
相撲が好きで、特に遠藤関のファンでした。テレビ中継の時間になると目をキラキラさせて、「遠藤が出た!」って嬉しそうに教えてくれる。そういう利用者さんやったんです。
「遠藤関、ええねえ。顔もええし、強いし」
ホンマに可愛らしいお婆ちゃんやった。
「帰りたい」は止まらない
でも、帰る時間が近づいてくると――空気が変わるんです。
「早う家に連れて帰って」
「なんで帰れへんの」
「早う帰して、頼むわ」
職員がお迎えの時間を説明しても、何度説明しても、繰り返す。その繰り返しがまた繰り返される。
時間が経てば落ち着くかというと、そうでもない。むしろ訴えがだんだん強くなる。
「もうすぐお迎えが来ますよ」「〇時になったら帰れますよ」――そういう声かけは、本人には届いていなかったんやと思います。
時間の感覚がうまくつながらない状態で、「〇時」という情報は意味をなさない。
彼女が感じていたのはただ一つ、「今すぐここから出たい」という強烈な感覚やったんでしょう。
職員が「面倒」と感じ始めたとき
正直に書きます。
何度も同じことを言われ続けると、現場の職員は疲れてきます。最初は丁寧に対応していても、だんだん返しが短くなる。「もうすぐですよ」の一言で済ませるようになる。
ワイ自身も、そうなってた時期があったと思う。
「またか」って感じてしまう自分。それを自覚しながら、うまく切り替えられない自分。
「面倒やな」と感じること自体は、人間やから仕方ない。
でも、その感情を態度に出すかどうかは、プロとして選べることやと思う。
そのお婆ちゃんに「面倒」の空気が伝わっていなかったか、今でも自信を持って言えません。
あの言葉の意味を、今になって考える
「帰りたい」という言葉は、家に帰りたいという文字通りの意味だけじゃないことがあると、経験を積んでから気づきました。
安心できる場所に戻りたい。
慣れない環境から解放されたい。
不安や緊張を、誰かにわかってほしい。
ショートステイという環境は、本人にとっては「知らない場所に連れてこられた」状況でもあります。どれだけ職員が笑顔でも、慣れるまでは不安と緊張の連続やったはずです。
遠藤関の話では目を輝かせていたあのお婆ちゃんが、「帰りたい」を繰り返していたのは――ひょっとしたら、「ここは安心できる場所じゃない」と感じていたからかもしれない。
そう考えると、胸が痛くなります。
現場でできること、できないこと
「帰りたい」への対応に、正解はありません。これはホンマにそう。
ただ、ワイが現場で試してきた中で少しでも効果があったのは――
- まず「帰りたいよね」と気持ちを受け止めること
- 説明よりも寄り添う時間を先に作ること
- 本人が好きな話題(遠藤関!)で気持ちを切り替えるきっかけを作ること
それでも完全には解決しない。お迎えまで「帰りたい」が続くこともある。
でも、職員が「面倒やな」という空気をなくすだけで、本人の不安が少しやわらぐことはあると思っています。
現場は完璧じゃない。職員も人間です。
それでも、ちょっとだけ踏みとどまれたとき、介護ってええ仕事やなと感じます。
あんたの現場では、「帰りたい」を繰り返す利用者さんに、どう向き合ってきましたか?
よかったらコメントで教えてください。同じ悩みを抱えてる人が、絶対読んでます。
📖 夜勤中に起きた「ヤバい話」や、職員間のリアルな葛藤も書いてます。よかったらそちらもどうぞ。