介護職の便処理の実態|夜勤で利用者さんに足で便をこね回された夜、嫁さんが取った行動
先日、嫁さんが帰ってきていきなり言うてん。「今日ちょっとアカんかった」って。ワイの施設でも前の晩に同僚がまた遅刻してきよって、引き継ぎもまともにできへんかったしで、正直しんどい夜やったんやけど。まあお互い様みたいな顔しながら、嫁さんの話を聞いた。
嫁さんは別の施設で夜勤介護士として働いとる。ワイと同じく夜の現場を長いこと渡り歩いてきた人間や。その嫁さんが「ちょっとアカんかった」っていうんやから、只事やないのはわかる。で、聞いてみたら——。
利用者さんが部屋中に便を広げて、足でこね回していた。
ワイは介護士として20年以上やってきた。いろんな現場を見てきた。でも、この話には改めてゾクッとした。嫁さんがどう動いたか、その一部始終を聞いて、ワイは正直、プロやなと思った。そして同時に、誰にも知られへんまま終わっていく夜勤の現実を、こうして記事にしとかなあかんと思った。
この記事でわかること
- 夜勤中に便失禁・便いじりが起きたとき、介護職員が実際にどう動くか
- 一人夜勤や少人数体制で便処理をするときの優先順位と判断基準
- 入浴できない状況で身体を清潔に保つための代替ケアの実例
- 感情を飲み込みながら後始末を続ける介護職員の心理と、その限界
- 「怒らない」ことの本当の意味——それはケアの技術か、消耗の結果か
- 介護職の便処理の実態|夜勤で利用者さんに足で便をこね回された夜、嫁さんが取った行動
- 介護職の便処理の実態——まず、嫁さんが見た光景を話す
- 介護職の便処理の判断基準——なぜ「足湯」という選択になったのか
- 介護職の便処理の現場——最後にかけたアルコール消毒と、あの一言
- 介護職の便処理と20年前の現場——何が変わって、何も変わっていないのか
- 介護現場の構造的問題——「弄便が起きやすい夜」は施設が作っている
- 介護職員の感情消耗——「怒らない」は美徳やなくて、消耗の結果かもしれない
- 介護現場のシステムの歪み——「記録」が現場を守らない理由
- 介護職夫婦の夜勤明け——プロ同士にしか通じない会話がある
- 20年の肉体の代償——介護職の腰と手が語るもの
- 夜勤の「狂気」と「平穏」——深夜3時の施設には二つの顔がある
- 介護職員の心の守り方——41歳現役が本音で伝える「折れない」ための考え方
- 介護職員が「人間のまま」働き続けるための現実論
- 介護職員も人間や——それでも今夜も誰かの傍に立ち続ける理由
介護職の便処理の実態——まず、嫁さんが見た光景を話す
深夜の巡回中やった。ドアを開けたとき、嫁さんが最初に感じたんは「においの壁」やったらしい。入った瞬間、そこが普通の居室やないとわかった。電気をつけると、床に、ベッドの柵に、壁の一部に——便が広がっとった。
利用者さんは立っていた。裸足で。
そして、嫁さんの目の前で、ゆっくりと足踏みをしていた。
「わかってる。怒る気持ちなんか、全然なかった。ただ頭の中でずっと計算してた。何から手をつけるか」
これが介護職の現実や。悲鳴を上げる暇も、立ち止まる余裕もない。感情は後回しにして、まず「段取り」を組み立てる。20年やっとったら、ある程度は体が動く。でも、やっぱり頭はフル回転しとる。
嫁さんはまず利用者さんをその場に留めることを優先した。動き回られると汚染範囲が広がる。声をかけて安心させながら、動線を確保する。同時に頭の中でホールの状況を確認する——他の利用者さんがいる。一人にして風呂場に連れていくことはできない。
少人数夜勤の宿命や。ワイも何十回も同じ判断をしてきた。理想を言えば即入浴させたい。でも現実には、ホールに誰かが残っている。転倒リスクがある利用者さんが起きていれば、目を離すことはできない。だから嫁さんは、「その場で清潔にする」という第三の選択肢を取った。
介護職の便処理の判断基準——なぜ「足湯」という選択になったのか

嫁さんが取った手順はこうや。
まず、汚染されたおむつと衣類を全て外した。利用者さんをおむつ一丁の状態にして、ベッド脇に座ってもらう。次に洗面器に温湯を用意して、足湯を始めた。足裏の便をぬるま湯で丁寧に落とす。その間、声かけを続ける。
「怒らなかった」と嫁さんは言うたけど、ワイにはわかる。怒れなかったんやなくて、怒ることに意味がないとわかっとったんや。
認知症の利用者さんが便をいじる行為を「弄便(ろうべん)」という。これは本人が悪意を持ってやっとるわけやない。不快感を自分なりに解消しようとした結果やったり、感覚が過敏になっとったり、夜間の不安からくる行動やったりする。叱责しても状況は変わらへんし、むしろ利用者さんを混乱させるだけや。
弄便への対応で最初にやるべき「3つの確認」
実務 Tips
- 利用者さんの安全な体位・位置を確保する(転倒・二次汚染の防止)
- 汚染範囲を素早く把握して、優先的に清潔にする部位を決める
- 入浴が不可能な場合の代替手段を即座に判断する(足湯・清拭・部分洗浄)
嫁さんがやったことは、この3つを全部同時にやりながら、一人でこなしたということや。あれを「普通の対応」と思ったらあかん。あれは、20年近い現場経験が体に染みついた結果や。
足湯で足裏を洗い終えた後、嫁さんは身体全体を温かいタオルで丁寧に清拭した。汚染されていない部分も含めて、一通り拭き直す。皮膚の状態を確認しながら、発赤や傷がないかも見る。これが夜勤介護士の仕事や。清潔にするだけやない。その過程で利用者さんの身体を観察するのも、れっきとしたケアや。
介護職の便処理の現場——最後にかけたアルコール消毒と、あの一言
清拭と着替えが終わった後、嫁さんは仕上げとして、皮膚への刺激が少ない清拭用のアルコール系消毒液を使った。感染予防の観点から、便が付着していた周囲の皮膚を最終確認する意味合いもある。
そのとき、利用者さんが言うた。
「冷たーい」
嫁さんはそれを聞いて、思わず笑ってしまったらしい。怒りでも諦めでもない。なんかもう、笑うしかない、という感じやったと言うとった。
ワイはこの話を聞いたとき、複雑な気持ちになった。笑えるのは、嫁さんが感情をちゃんと消化できとるからやと思う。でも同時に、そこに至るまでの過程——部屋の惨状、一人で全部片付けた重さ、ホールに残した他の利用者さんへの気がかり——それを全部飲み込んだ上での「笑い」や。
それは健康な笑いやろか。それとも、そうせんと持たへんからくる笑いやろか。ワイには判断できへん。ただ、嫁さんが誰にも文句を言わず、その夜を一人でちゃんと完結させたという事実だけがある。
怒る暇もなく、まず便を洗い流す。
それが夜勤の現実。
後始末が終わった後、嫁さんはナースコール手元に置いて、利用者さんをベッドに戻した。その後、居室の床を消毒清拭して、記録を書いた。時間にして、全部で約40分。その間、ホールの他の利用者さんは——幸いにも——誰もコールを押さんかった。
「ラッキーやったわ」と嫁さんは言うた。
ラッキー。そうや、あれは「ラッキー」の範囲内に収まったからこそ、こうして笑って話せる出来事や。もしあの40分の間に、ホールで誰かが転倒していたら。もしコールが重なっていたら。嫁さんの「後始末」は全然違う結末になっとったかもしれへん。
それが、少人数夜勤の現実や。問題が一個やったから「解決できた」だけで、二個同時に来たら詰んでいた可能性がある。その綱渡りを、全国の夜勤介護士が毎晩やっとる。
介護職の便処理と20年前の現場——何が変わって、何も変わっていないのか
嫁さんの話を聞きながら、ワイは20年以上前のことを思い出しとった。
ワイが最初に老健に勤めたんは、まだ介護保険制度が始まったばかりの頃や。当時の夜勤体制は今よりもっとひどかった。30人近い利用者さんに対して夜勤者が1人、なんてこともザラやった。ナースコールが鳴っても、すぐに行けへんことも多かった。「夜間に何かあったら仕方ない」という空気が、現場に漂っとった。
弄便の対応も、今より荒かった。当時の先輩の中には、利用者さんを叱责するような対応をしとった人間もおった。「何してるんですか!」と声を荒らげて、半ば強引にオムツを取り替えて終わり。記録にも「弄便あり。対応済み」とだけ書いて、翌日の引き継ぎでも「また〇〇さんがやった」と苦笑いで済ませる、そういう文化やった。
今はそれが「虐待」に当たると、業界全体がようやく認識するようになった。身体拘束の廃止、利用者の権利擁護、パーソンセンタードケアの浸透。研修も増えた。記録の書き方も変わった。表面だけ見たら、介護の質は確実に上がっとる。
でも、夜勤が一人やという現実は、ほとんど変わっとらへん。
知識が上がって、倫理観が上がって、求められるケアの質が上がった。なのに、それを実行する人員は増えへんかった。一人で30人を見ながら、「怒ったらあかん」「手順を守れ」「記録をしっかり書け」と言われ続ける。これは矛盾やない、もはや構造的な暴力やとワイは思っとる。
「知識の進化」と「人員の停滞」——そのギャップが現場を削っている
嫁さんが弄便の後始末を一人でこなした。足湯をして、清拭して、着替えさせて、消毒して、記録を書いた。40分。その間、ホールは無人やった。
これは今も20年前も同じ構図や。ただ一つ違うのは、今の嫁さんには「これが正しいやり方や」という知識があるということ。だからこそ、しんどい。間違ったことをやっとるわけやない。でも、それを一人でやり続けることの重さは、誰も公式には問題にしよらへん。
20年選手の視点
- ケアの「質の基準」は確実に上がった——虐待防止・パーソンセンタード・記録精度
- しかし「量の基準」=人員配置は法定最低基準が何十年も据え置かれたまま
- 結果として「一人でより高品質のケアをやれ」というプレッシャーだけが積み上がった
- その矛盾を飲み込んで回しているのが、夜勤介護士の体と精神や
介護現場の構造的問題——「弄便が起きやすい夜」は施設が作っている
ここで少し踏み込む。弄便は突発的な事故やない。ある意味では、施設の構造と運営のあり方が「弄便が起きやすい夜」を生み出しとる側面がある。
まず、排泄ケアのタイミングの問題や。
夜間、利用者さんにオムツをつけている場合、排泄のタイミングが合わへんことがある。夜勤者が巡回できる頻度には限界があるし、利用者さんによっては排泄パターンが不規則な方もいる。便が出たことに気づかず、不快感から自分でオムツを触り始めてしまう——それが弄便の引き金になることが多い。
つまり、早い段階でオムツ交換ができていれば、起きなかったかもしれない出来事や。
でも夜勤者が一人か二人やったら、全員を短時間間隔で巡回するのは物理的に無理や。「2時間おきに巡回」という施設の基準があっても、他のコールや対応が入ったら後回しになる。誰も悪意を持ってやっとるわけやないけど、構造として「対応が間に合わへん時間帯」が生まれやすい。
排泄パターンの把握——これが夜勤の一番地味で一番重要な仕事
ワイが現場で20年やってきて、一番「できる夜勤介護士」と「そうでない人」の差が出るのは、このへんやと思っとる。派手なケアやない。利用者さんの排泄パターンを、日々の記録と観察から把握して、「この人は大体この時間に出る」という感覚を体に入れることや。
老健の夜勤なんか特にそうや。医療依存度が高い利用者さんも多い中で、排泄ケアのタイミングをずらさんことが、弄便の予防にも、皮膚トラブルの予防にも、直接つながっとる。
「あの人は2時半頃に出ることが多い」——これを知っとるかどうかで、夜の流れが全然変わる。
でも、この「知っとる」という状態に持っていくには、記録を読む習慣と、引き継ぎの質と、時間が必要や。新人やパート職員には難しい。ベテランが夜勤から抜けていくたびに、この「暗黙知」が失われていく。それも、介護現場が長年抱えとる構造問題の一つや。
介護職員の感情消耗——「怒らない」は美徳やなくて、消耗の結果かもしれない
嫁さんは「怒らなかった」と言うた。ワイも現場でそういう対応をしてきた。でも正直に言う。
最初からそんなに聖人みたいな気持ちで動いとるわけやない。
たとえばワイが新人の頃。弄便の対応に初めて当たったとき、頭では「怒ったらあかん」とわかっとった。でも内側では確実に、「なんでこんなことに」という気持ちが渦巻いとった。声に出さんかっただけで、感情はあった。
それが10年、20年と経つと、どうなるか。
感情が出にくくなる。正確に言うと、出す前に処理されるようになる。「弄便や、また片付けな」と頭が認識した瞬間に、感情を動かす前に体が動き始める。嫁さんの「怒る気持ちがなかった」というのは、もしかしたらそういうことかもしれへん。怒りが起きなかったんやなくて、怒りが起きる前に段取りが始まっとった。
これは確かにプロの技術や。でも同時に、それが「感情の麻痺」の入口にもなりうるとワイは思っとる。
感情を飲み込み続けた先に待っているもの
介護職員の離職率は、今も高い水準にある。burnout(燃え尽き症候群)という言葉が使われるようになって久しいけど、実際の現場での見え方はもっと地味や。「なんか最近、何も感じなくなってきた」という状態が先にくる。
便の処理をしても何も思わへん。クレームを言われても何も感じへん。利用者さんが亡くなっても、「お疲れ様でした」と言いながら体が動くだけで、何も揺れへん。これは適応でもあるし、警戒信号でもある。
感情消耗のサインを見逃さないために
- 「何も感じなくなった」は燃え尽きの初期症状として疑う
- 夜勤明けに「何があったか思い出せない」状態が続くなら要注意
- 同僚との会話で「しんどい」を言える関係性を意図的に作る
- 感情を処理する時間(ひとり反芻でもええ)を業務後に意識して持つ
嫁さんは帰ってきて「ちょっとアカんかった」と言えた。ワイに話せた。それは小さいようで、大事なことやと思う。感情を飲み込んで終わりにせず、言葉に出した。それだけで、少し違う。
逆に言えば、帰宅しても誰にも話せへん夜勤介護士が、日本中にたくさんおる。一人暮らしで、話す相手もなく、シャワーを浴びて寝て、また翌日夜勤に行く。その人たちが消耗していっても、誰も気づかへん。それが、この業界の「見えない問題」やとワイは思っとる。
介護現場のシステムの歪み——「記録」が現場を守らない理由
嫁さんはあの夜、全部終わってから記録を書いた。弄便の状況、対応内容、皮膚の状態、利用者さんの様子。丁寧に書いたはずや。
でも、その記録が「翌日の改善策」に繋がるかというと——正直、そうとは限らへん。
記録は書かれる。カンファレンスでも話題になるかもしれへん。「弄便が続いているので対応を検討しましょう」となるかもしれへん。でも現実には、人員が増えるわけやないし、夜間巡回の間隔が短くなるわけでもない。「センサーマットをつけましょう」「特化したオムツに変えましょう」という個別対応で止まることが多い。
それ自体は間違いやない。でも、根本にある「一人で対応するには限界がある」という構造には、誰も公式に手を入れへん。
ワイは20年以上、記録を書いてきた。引き継ぎをしてきた。カンファレンスにも出てきた。その経験から言わせてもらうと、現場の記録が「施設の構造改善」に直結したことは、ほぼない。記録は「何があったかの証拠」として機能はする。でも「なぜそれが起きたのか」という構造的な分析に使われることは少ない。
記録は現場を守らない。記録は施設を守るために書かれていることが多い。
これは現場で長くやった人間なら、薄々感じとることやと思う。「記録をしっかり書いておけば、何かあったときに職員が守られる」という建前がある。でも実際には、不適切な対応があれば職員が責任を取る方向に使われることもある。記録が「現場を守るための武器」になるためには、それを読む側の管理職と組織文化が変わらなあかんのに、そこには誰も踏み込めへん。
嫁さんが「冷たーい」という一言を聞いて笑った夜。その記録には何と書いたやろか。「弄便あり。足湯および全身清拭にて対応。皮膚状態良好。本人落ち着いて入眠」——そういう文章になるはずや。
その記録のどこにも、「一人で40分かけた」とは書かれへん。「ホールを無人にした」とも書けへん。「笑うしかなかった」という感情は、記録には残らへん。
現場の重さは、記録の外側にある。それが、夜勤介護士の仕事の本質かもしれへん。
介護職夫婦の夜勤明け——プロ同士にしか通じない会話がある
嫁さんとワイは、夜勤明けが重なった朝に時々、テーブルを挟んで座る。どっちも喋る気力はあんまりない。コーヒーを飲みながら、ぼんやりしとる。
普通の夫婦やったら、「お疲れ様」「ゆっくり休んで」で終わる時間帯や。でもワイらの会話は少し違う。
「今日、何回おむつ替えた?」
「数えてへん。10回は超えてると思う」
「ワイも。一人だいたい3時間おきに出るんよ、あの人」
「わかる。パターン読んでたら楽やけどな」
こういう会話ができる相手が、家にいる。ワイはそれをありがたいと思っとる。同時に、ちょっと怖いとも思う。
「おむつ交換の回数」が朝食前の会話になるのが、当たり前になっとる。
それが職業病やというのはわかっとる。でも時々ふと、「これが普通の感覚やったっけ」と思う瞬間がある。排泄の話を飯の前にしても、なんも感じへん。それが20年の積み重ねやというのはわかっとるけど、その「感じへん自分」に気づいたとき、一瞬だけ立ち止まる。
「あの人、今日もってると思う?」——死生観を共有できる相手
嫁さんと話すとき、たまに出てくる話題がある。利用者さんの「その後」についてや。
ワイらの施設はそれぞれ別やけど、どっちも高齢者施設。看取りも日常にある。夜勤中に容態が急変することもある。朝まで持つかどうか、そういう判断を夜中に一人でしなければならないこともある。
「昨日ちょっと顔色がなくてさ。食事も全量摂れてなくて」
「家族には連絡した?」
「した。でも来はらへんかった」
「……そういう家族もおるよな」
この「……」の部分に、ワイらが飲み込んできたものが全部入っとる。責めてるわけやない。家族にも事情がある。でも、その夜に側にいたのはワイらで、最後まで手を握っとったのもワイらで、逝かれた後に「ありがとうございました」と頭を下げるのもワイらや。
それが悲しいかと言われたら、正直よくわからへん。「悲しい」という感情がないわけやない。ただ、それよりも先に「次の巡回の時間や」という頭の動きが来る。感情と実務が、完全に分離しとる状態。
「慣れた」というより「仕分けた」んやと思う。感情は感情の棚に置いといて、今やるべきことをやる。その棚がいつか溢れたとき、人は辞めていくんやろな。
嫁さんはそう言うた。ワイは黙って頷いた。それ以上の言葉はいらんかった。
20年の肉体の代償——介護職の腰と手が語るもの
ワイの腰は、もう元には戻らへん。
最初に「あ、やったかもしれへん」と思ったんは、現場歴が10年を過ぎた頃や。ベッド上での体位変換中に、腰の奥に何かが走った。激痛というより、鈍い電気が流れるような感覚。その日の夜勤はなんとか乗り切ったけど、翌日起き上がるのがきつかった。
病院に行ったら「腰椎椎間板ヘルニア」の初期と言われた。「安静にしてください」と言われた。でもワイは夜勤があった。安静にできる状況やなかった。痛み止めを飲みながら、コルセットを巻きながら、現場に立ち続けた。
それが、今も尾を引いとる。
今でも、無理な体勢でのオムツ交換の後は、腰の右側が重く痺れる。特に床からの立ち上がり介助や、低いベッドでの作業が続いた夜は、夜勤明けに車の運転席に座るとき、腰が「今日もか」という感じで軋む。
手の感覚——20年分の便と尿と消毒液が染み込んだ手
腰だけやない。手もや。
介護の仕事を続けていると、手荒れは避けられへん。手洗い、消毒、グローブの着脱を一晩に何十回も繰り返す。特に冬場は、手の甲が割れる。皮膚が薄くなって、消毒液をかけるたびに染みる。それでもグローブをはめて、次のオムツ交換に向かう。
嫁さんも同じや。ハンドクリームを持ち歩いとるけど、夜勤中に塗る暇はほぼない。夜勤明けにようやく塗ると、皮膚がクリームを吸い込む感覚がある。乾ききっとるんや。
これを「職業病」と片付けることは簡単や。でもワイは、この手の状態が、介護という仕事の誠実な証明やと思っとる。綺麗事やなくて、本当にそう思う。20年分の夜勤の重さが、この手の皺と荒れに刻まれとる。
身体を長持ちさせるための現場の知恵
- 腰:ベッドの高さ調整は「毎回」やる習慣を体に染み込ませる。面倒がった1回が蓄積する
- 腰:移乗の際はフットワークで方向転換、腰を捻らない動線を常に意識する
- 手:グローブ内の蒸れを防ぐため、こまめな換気と内側の乾燥確認を習慣化する
- 手:夜勤明けの保湿は「義務」として取り組む。サボれる日こそやる
- 全体:「今日は大丈夫」の積み重ねが10年後の身体を決める。若いうちにフォームを固める
後輩に同じ思いをさせたくなくて、ワイは腰の話をよくする。「ボディメカニクスは面倒やけど、10年後の自分のために今やれ」と。伝わるかどうかはわからへん。でも言わんよりは言う。それが20年やってきたワイの義務やと思っとる。
夜勤の「狂気」と「平穏」——深夜3時の施設には二つの顔がある
夜勤の現場には、二種類の時間帯がある。
一つは、コールが鳴り止まない時間。もう一つは、何も起きない静寂の時間。そしてこの二つは、同じ夜の中で唐突に切り替わる。
コールが重なるとき、脳の処理が変わる。「誰が一番緊急か」「どの順番で回るか」「あの人は待てるか」を0.5秒で判断しながら廊下を走る。足音を立てたらあかんから、小走りの感覚で静かに急ぐ。ドアを開けるたびに、何が待っとるかわからへん。転倒してるかもしれへん。嘔吐してるかもしれへん。または単純に「のどが渇いた」かもしれへん。
この「わからへん」の連続が、夜勤の精神的な消耗の正体や。
コールの音が脳に張り付く。夜勤明けに帰宅して、シャワーを浴びていても、ピーピーという音が聞こえる気がする。幻聴やと自分でもわかっとる。でも、身体がまだ「夜勤モード」から抜けられへん。
深夜2時の廊下——狂気が凪いだ後の、あの静けさ
でも、ある瞬間に全部が止まる。
コールが鳴りやんで、全員が寝静まって、廊下が静まり返る。深夜の2時か3時。外からは何も聞こえへん。施設の中だけが、時間が止まったみたいに静かになる。
そのとき、ワイはナースステーションの椅子に座って、記録を打ちながら、ふと顔を上げる。廊下の端まで見える。誰もいない。各部屋のドアが全部閉まっとる。センサーランプが薄く光っとるだけ。
この静けさが、不気味でもあり、少し美しくもある。
ここに今、何十人という人間が眠っとる。それぞれの人生があって、それぞれの家族がいて、それぞれの過去を抱えて、老いてここにいる。その全員の夜を、今この瞬間、ワイ一人が預かっとる。そう思うと、怖いような、静粛なような、妙な感覚になる。
「この仕事の意味って何やろ」と思うのは、決まってこういう静かな瞬間や。答えは出えへんけど、問いが浮かぶ。それだけでええ気もしとる。
その静けさは長くは続かへん。5分か10分で、また誰かのコールが鳴る。現実に引き戻される。でも、その短い凪の間に、ワイは何かを補充しとる気がする。名前のつかへん何かを。
夜明け前のあの感覚——「今日も終わった」という言葉にならない安堵
夜勤の終わりが近づく頃、東の空が少しずつ白くなってくる。施設の廊下の窓から、それが見える場所がある。ワイはそこを通るたびに、少しだけ足を止める。
日勤者が来て、引き継ぎをして、ロッカーで着替える。施設の外に出たとき、朝の空気が肺に入る。それが、夜勤のいちばん最後の感触や。
「今日も誰も死なんかった」「今日も大きな事故はなかった」——それがワイの夜勤の「成功」の定義や。派手な達成感やない。ただ、今夜も何とか回った、という静かな確認。
嫁さんも同じや、と言っとった。「一晩終わったとき、感動とかやり甲斐とかやなくて、ただ『終わった』っていう感じだけある」と。
それを聞いて、ワイは「それでええんちゃうか」と思った。やり甲斐を感じるためにやっとるわけやない。利用者さんの今夜を守るためにやっとる。感動は後からついてくるもんで、感動を求めて夜勤に来る人間は長続きせえへん。
「終わった」という感覚だけで、また次の夜勤を迎えられる。それが20年続けてこれた理由の一つかもしれへん。
ワイの手は荒れとる。腰は軋む。でも明日も夜勤に行く。嫁さんも行く。それだけの話や、と言ったら冷たく聞こえるかもしれへん。でもワイには、それが一番正直な言葉や。
介護職員の心の守り方——41歳現役が本音で伝える「折れない」ための考え方
ここから先は、同じ現場で働く人間に向けて書く。
家族介護をしとる人にも読んでほしい。施設の介護士やなくても、夜中に誰かの世話をしとる人間には、全部当てはまる話やと思う。
ワイは41歳、現場歴20年超えのプロ介護士や。腰は軋むし手は荒れとる。それでも今日も夜勤に行く。なんで続けられとるか、正直に書く。
まず言いたいのは、「頑張り方」を間違えるなということや。
介護職員は真面目な人間が多い。だから消耗する。「もっとできるはずや」「利用者さんのためにやらなあかん」という気持ちが強すぎて、自分の限界を超えてから気づく。手遅れになってから気づく。それが離職の正体や。
ワイが20年で学んだ一番の知恵は、「80%でやる」ということや。
100%を毎回出し続けることは、物理的に不可能や。夜勤が週に何回もある。連勤がある。体調が悪い日もある。そういう日に100%を出そうとすると、必ずどこかが壊れる。腰か、心か、どちらかや。
「手を抜け」と言っとるわけやない。「80%でも質の高いケアができるように、技術と判断力を鍛えろ」ということや。それが本当のプロフェッショナリズムやとワイは思っとる。
「助けを求める」ことをスキルとして持て
もう一つ、これは特に若い人間に言いたい。
「一人でなんとかする」を美徳にするな。
夜勤は一人体制のことが多い。構造的に一人でやらなあかん場面が多い。それは事実や。でも、「報告・連絡・相談」は義務やということを忘れたらあかん。夜中に何か判断に迷うことが起きたとき、オンコールの看護師に電話することをためらうな。上司に翌朝すぐに報告することを怠るな。
ワイが見てきた中で、現場でしんどくなる人間の多くは、「報告するほどのことやないかな」と自分で判断して、一人で抱え込む傾向がある。でも、その「報告するほどやない」の積み重ねが、ある日突然限界になる。
折れないための実践的マインドセット
- 100%を毎回出そうとしない。80%で質を担保できる技術を磨くことが本物のプロへの道
- 「一人でなんとかした」は自慢にならない。それは組織の失敗を個人が補填しただけや
- 判断に迷ったら即報告。「こんなことで」と思う内容ほど、実は報告が必要なことが多い
- 夜勤明けに「今日あったこと」を誰かに話す習慣を持つ。話す相手がいない人は、書くだけでも違う
- 「怒らなかった自分」を褒めるな。それより「翌日も同じ顔で出勤できた自分」を認めろ
介護職員が「人間のまま」働き続けるための現実論
嫁さんが「冷たーい」という一言で笑えたのは、なぜやと思うか。
ワイはずっとそれを考えとった。あの夜、嫁さんは40分かけて一人で後始末をした。感情を飲み込んで、段取りを組んで、プロとして動き続けた。その後に来た一言が「冷たーい」やった。
笑えたのは、まだ感情が残っとったからやと思う。
完全に麻痺しとったら、笑えへん。しんどいだけで終わる。でも嫁さんは笑えた。それは、利用者さんの一言がちゃんと「届いた」ということや。消毒液が冷たいと感じる利用者さんの感覚が、嫁さんにリアルに伝わって、それがおかしくて笑えた。
その「届く」感覚が残っとる限り、まだ現場に立てる。
逆に言えば、「何を言われても届かへん」「何があっても何も感じへん」という状態になったときが、本当の危険信号や。そのときは、休むことを自分に許可せなあかん。誰かに許可を求めんでもええ。自分で「今は離れる時期や」と判断することが、長く続けるための最大のスキルや。
介護という仕事が「消耗」で終わらないための視点
ワイは介護を「崇高な仕事」とは思っとらへん。そういう言い方が好きやない。崇高やから続けられるわけやない。給料が安くても、腰が痛くても、夜中に便まみれになっても、「崇高やから」では動けへん。
ワイが続けられとる理由は、もっと地味なところにある。
「今日の夜勤、なんとか回った」という感覚。「あの利用者さんが今朝もご飯食べてはった」という事実。嫁さんと夜勤明けにコーヒー飲みながらする、他愛のない会話。そういう小さいことの積み重ねや。
大きな意味を求めすぎると、折れる。小さい「今日もまあまあ」を積み上げていく方が、長持ちする。ワイの経験から言える、本当のことや。
少しだけ軽くしてくれたなら——
ここまで読んでくれてありがとう。
ワイはこの記事を、夜勤明けの朝に書いた。コーヒーを飲みながら、腰をさすりながら、嫁さんの話を思い出しながら。誰かに読んでほしくて書いた。現場で同じように戦っとる誰かに、「あ、ワイだけやないんや」と思ってほしくて書いた。
この記事を書き続けるために、少しだけ力を貸してもらえたら嬉しい。
夜勤明けのワイにコーヒー一杯奢るつもりで、ほんのわずかでもサポートしてもらえたら、次の記事を書く燃料になる。強制やないし、気持ちだけでも十分や。でも、もし「この人のこと応援したい」と思ってくれたなら——
介護職員も人間や——それでも今夜も誰かの傍に立ち続ける理由
嫁さんの話に戻る。
あの夜、部屋中に便が広がった現場で、嫁さんは40分かけて全部片付けた。怒らなかった。責めなかった。足湯をして、清拭して、着替えさせて、最後にアルコール消毒をかけた。
そして利用者さんは言った。「冷たーい」と。
ワイは、この一言がこの話の全部やと思っとる。
利用者さんにとって、あの夜に何があったかは、翌朝には記憶に残らへんかもしれへん。弄便をしたことも、嫁さんが後始末をしたことも、全部流れていく。それが認知症という病気の現実や。
でも、その一瞬に「冷たい」と感じたことは、ちゃんとあった。消毒液の冷たさを感じる神経が、まだその人の中に生きていた。嫁さんが丁寧に手当てをしたから、その感覚が届いた。
それで十分やとワイは思う。
覚えてもらわなくていい。感謝されなくていい。「ありがとう」を言ってもらわなくていい。ただ、その瞬間に、ちゃんとケアがあった。それだけで、あの夜は成立しとる。
介護職員も人間や。怖いし、しんどいし、腰は痛いし、手は荒れる。感情を飲み込んで、段取りを組んで、記録を書いて、また次の夜勤に向かう。
その姿を、誰も見てへんかもしれへん。施設の管理者も、利用者さんの家族も、社会も、夜中の廊下を走る介護士の背中を見てへんかもしれへん。
でも、その利用者さんには届いとる。
「冷たーい」という一言が証明しとる。ちゃんと届いとる。
怒る暇もなく、まず便を洗い流す。
それが夜勤の現実。
それが、介護という仕事の、一番正直な姿やとワイは思う。
今夜も日本中の施設で、誰かが夜勤に入っとる。コールに飛び起き、廊下を走り、誰かの体を拭いとる。その人たちの夜が、少しでも報われますように。
そしてもし、今あなたが夜勤明けにこれを読んでいるなら——今日もよう頑張った。本当に、よう頑張った。
夜勤介護マン|やきんかいごの日記