先日、疥癬の解説記事を書いた。

症状、感染経路、治療薬、洗濯の方法——介護職員やご家族に向けて、できるだけ分かりやすく書いた記事やった。

「なんで疥癬の解説記事を書こうと思ったんですか」と聞かれたら——答えは一つや。

ワイ自身が、疥癬になったことがあるからや。

それも、介護の仕事を始めたばかりの頃に。高校を卒業したての、何も分かってへんかった頃に。


疥癬の解説記事を書いた理由

解説記事を書くきっかけになったのは、「今も疥癬で苦しんでる人がおるんやろか」という疑問やった。

ワイが疥癬になったのは、もう20年以上前の話や。あの頃の記憶があるから、疥癬という言葉を聞くと今でも体が少し反応する。指の間のあのかゆみ。夜中に掻きむしって眠れへんかった夜。

「今の時代はもう、そんなに多くないやろ」——正直、そう思ってた部分があった。でも、調べてみたら違った。日本国内では今も年間8万から15万人が感染してると推定されてる。高齢者施設の約8割が、集団発生を経験してる。

ワイが苦しんだあの疥癬が、今も現場にある。

その事実に驚いたと同時に——「それやったら、ちゃんと書かなアカン」と思った。体で知ってる人間が書く解説記事は、教科書には載ってへんリアルさがあると思うから。


高校を出たての病院で、ワイは疥癬になった

ワイが最初に働いたのは、病院やった。高校を卒業してすぐ、介護の仕事に飛び込んだ。当時は今みたいに介護の資格制度が整ってへんかった時代で、とにかく現場に入って働きながら覚えていくのが普通やった。

右も左も分からへん状態で病院に入って、先輩に教わりながら患者さんの介助をする毎日やった。あの頃のワイは、感染対策という概念がほぼなかった。手袋をするのが当たり前という意識もなかったし、患者さんの皮膚に直接触れることへの警戒心もなかった。「早くいっちょまえになりたい」という気持ちだけで動いてた、ただの若造やった。

病院には、疥癬の患者さんがいた。「疥癬」という言葉自体は知ってた。でも、どういう病気なのか、どれだけ感染リスクがあるのか——正直、ちゃんと理解してへんかった。そのツケが、しっかり回ってきた。


あのかゆみは、今でも覚えてる

最初に「あれ?」と思ったのは、指の間やった。なんとなくかゆい。でも、虫刺されみたいな感じでもない。皮膚の奥の方から、じわじわとかゆみが来る感じやった。

掻いても、すっきりせえへん。掻けば掻くほど、余計にかゆくなる。それが、昼間よりも夜中の方が強くなる。夜勤明けで疲れて帰って、ようやく横になれると思ったら——指の間が猛烈にかゆい。掻きながら寝ようとして、でも掻いたら余計にかゆくなって、気づいたら指の間の皮膚が赤くなってた。

最初の頃は「乾燥してるんかな」とか「手洗いで荒れてるんかな」とか思ってた。でも、かゆみは日に日に強くなっていった。指の間だけやなく、手首にも、腹部にも、広がってきた。

夜中に目が覚めるくらいのかゆみが来たとき、ワイはようやく「これは普通やない」と思った。

疥癬のかゆみは「皮膚の表面」やなくて「皮膚の中」から来る感じがする。ダニが皮膚の角質層にトンネルを掘って動き回ってるから——表面を掻いても届かへん、奥の方のかゆさがある。布団の中で体が温まると、ダニの動きが活発になって、かゆみが増す。あれを体験してみると、「なぜ夜間に強くなるか」が肌感覚で分かる。


疥癬やと気づいたとき

ある日、先輩のスタッフに「どうしたん、その手」と言われた。ワイの指の間が赤くなってて、掻き傷もできてた。先輩は一目見て、「ちょっと待って」と言った。

「それ、疥癬と違う? すぐ師長に言いや」

その言葉を聞いたとき、頭の中が一瞬真っ白になった。「疥癬」という言葉の意味を、そこで初めてちゃんと理解した気がした。あの患者さんから、もらってしもたんや——と。

師長に報告すると、その日のうちに皮膚科を受診することになった。皮膚科の先生が皮膚を少し削り取って顕微鏡で確認して——「疥癬ですね」と言った。

確定診断をもらったとき、怖いとかショックとか、そういう感情より先に「あのかゆさの正体がやっと分かった」という妙な納得感があった。そして同時に——感染対策をちゃんとしてへんかった自分への、静かな後悔があった。知らへんかったことが、体へのリスクに直結した。それが、今でもワイが「知識を持つこと」を大切にする原体験になってる。


610ハップとは何か

疥癬と診断されて、ワイが最初に言われたことは——「610ハップで治療します」やった。

610ハップは、硫黄を主成分とした入浴剤や。硫黄の殺菌・殺虫作用を利用して疥癬のヒゼンダニを死滅させる——というのが当時の使い方やった。お湯に溶かして全身浴をすることで、皮膚に寄生してるダニを退治する、という理屈やった。

610ハップには、独特の臭いがある。硫黄の臭い——温泉地によくある、あの「卵が腐ったような」と言われる匂いや。強烈とまでは言わへんけど、一度嗅いだら忘れへんインパクトがある。病院の浴室でその臭いが漂うと——「今日は疥癬の患者さんの入浴やな」と分かるくらいやった。その臭いは今でもはっきり覚えてる。


薬局で、自分で買いに行った

病院での治療と並行して、ワイは自宅でも610ハップを使うように言われた。「薬局で売ってるから、買って来て毎日入浴するように」と。

ワイは仕事終わりに、一人で薬局に行った。高校を出て働き始めたばかりの若造が、「610ハップください」と言って棚から取ってレジに持っていく。その瞬間の気持ちを、なんと表現すればええか。恥ずかしい、というのとも違う。情けない、というのともちょっと違う。「自分が感染した」という事実と、「これで治さなアカン」という切実さが混在してた感じやった。

家に帰って、お湯を張って、610ハップを入れて、全身浴をした。硫黄の臭いが風呂場に充満する。かゆみがある皮膚に、じんわりとお湯の温かさが染みる。「これで治るんかな」という不安と、「早く治ってくれ」という祈りが混ざりながら、湯船に浸かってた。あの風呂場の硫黄の臭いは、今でも鮮明に覚えてる。


当時の病院での疥癬対応

当時、病院での疥癬対応は今とは違う部分があった。610ハップを使った入浴が、患者さんへの標準的な対応の一つやった。感染対策という意識は、今に比べると甘かったと思う。手袋やガウンの使用が徹底されてへん場面も多かった。

ワイが感染したのも、そういう環境の中でのことやった。悪意がある人間がいたわけやない。誰も意地悪をしたわけやない。ただ、知識と対策が足りへんかった——それだけや。

毎日610ハップで入浴を続けながら、病院での治療も受けながら——ワイのかゆみは、少しずつ引いていった。夜中に目が覚めるほどのかゆみが、目が覚めなくなる程度になって、それが「気になる程度」になって、それがほとんど感じなくなる——そういう段階を踏んで回復していく感じやった。

治療が終わってしばらく経ったころ——病院での疥癬対応が変わった。610ハップを使わなくなった。「そうか、時代が変わっていくんやな」と思った。


病院では使わなくなった、その半年後

病院で610ハップが使われなくなってから、半年ほど経ったころ。ワイは研修で、別の施設——老人ホームに行くことになった。

初日に施設に入って、案内してもらって、各フロアを見て回った。入浴の時間帯に差しかかったとき——ワイの鼻に、あの臭いが届いた。硫黄の臭い。610ハップの、あの独特の臭い。ワイは思わず足を止めた。

「610ハップ、まだ使ってるんですか?」

「え、そうですよ。疥癬の方に使ってます」

当たり前のことを聞かれた、という顔やった。ワイは「そうですか」とだけ言って、その場を離れた。

病院では半年前に使わなくなった。でもここではまだ使ってる。「使わなくなった」という情報が、全ての施設に届いてるわけやない。同じ「疥癬の対応」でも、病院と施設では、使ってる方法が違う。制度や治療の「最新の情報」が現場に届くまでのタイムラグは、思ってるより大きい。

研修先の施設の浴室の前で、あの臭いを嗅いだとき——ワイの体はすっと、あの頃に戻った。指の間がかゆかった夜。薬局で610ハップを買いに行った帰り道。硫黄の臭いが充満した自分の風呂場。今ここで疥癬の治療を受けてる人も、あのかゆさの中にいるんや——と思った。


疥癬対応で消耗してるスタッフへ

疥癬が施設内で発生したとき、一番消耗するのは現場のスタッフや。感染者の介助にグローブとガウンで対応する。洗濯物を熱処理する。環境の拭き掃除をする。他の利用者さんへの感染を防ぎながら、通常の業務もこなす——それを、人手が足りへん現場で毎日こなし続ける。

一つ目。疥癬は、必ず終息する。感染が広がってる最中は「いつまで続くんやろ」という気持ちになる。でも、適切に対応すれば必ず終息する。ゴールは必ずある。

二つ目。自分自身の感染対策も、同じくらい大切にすること。利用者さんのケアに集中するあまり、自分の手洗いやグローブの交換が疎かになってしまうことがある。ワイが若いころに感染したのも、そういう部分があった。自分を守ることが、現場全体を守ることになる。

三つ目。「知ってること」が、一番の防御になる。症状の特徴、どこに出やすいか、ノルウェー疥癬はどう違うか——それが早期発見に直結する。解説記事もあわせて読んでもらえたなら、あの610ハップを一人で買いに行ったワイの苦労が、少しは報われる。


あの臭いを、ワイは忘れへん

高校を出て最初の職場で疥癬になって、610ハップを一人で薬局に買いに行って、硫黄の臭いの風呂に毎日浸かって、それでも治っていった。治ってしばらくして、病院では610ハップを使わなくなった。でも2年後の研修先で、またあの臭いに出会った。「まだあるんや」と思った。

そして今、調べ直してみたら——今も年間8万から15万人が感染してる。「まだあるんや」どころやなかった。ずっとそこにあり続けてた。

ワイが苦しんだあのかゆさを、今もどこかの誰かが経験してる。今も現場で疥癬と向き合ってるスタッフがいる。今も「なんでこんなにかゆいんや」と夜中に眠れへん患者さんや利用者さんがいる。

だから、書いた。知識として知ってる人間やなくて、体で知ってる人間として——書けることを、全部書いた。

あの610ハップの臭いが、誰かの役に立つなら——薬局までの帰り道が長く感じたあの夜も、無駄やなかったと思える。

この記事、もし「読んでよかった」と思ってもらえたなら——
夜勤明けのワイに、コーヒー一杯だけ奢ってもらえませんか。
それだけで、次の記事を書く燃料になります。

コーヒー一杯、奢ってみる

※OFUSEの投げ銭ページへ移動します。金額は自由です。