この記事は、夜勤介護マンが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。
Night Shift Trouble — Episode
人手不足の現場って、1人欠けるだけで崩れる。
早出4人中2人が寝坊した朝、残った2人で現場を回した話。
▷ この記事でわかること
- 早出4人中2人が寝坊遅刻——残った2人で朝の現場を回したワイの体験談
- コール・離床・朝食準備が同時に押し寄せる「崩壊の朝」の実態
- 誰も悪人やないのに、現場が地獄になる介護の構造的な問題
- 休日やのに呼び出しに応じてくれたスーパー主任・立花さんの話
- 20年現場にいて気づいた、人手不足の現場で生き残るための考え方
介護の現場というのは、ギリギリで設計されてる。
「これだけのスタッフがいれば、これだけの利用者さんを見られる」という計算のもとに、シフトが組まれる。
余裕は少ない。むしろ、余裕がない前提で組まれてることの方が多い。
やから——1人欠けるだけで、全体が傾く。
2人欠けたら、崩れる。
これはワイが実際に経験した話や。
今でも、あの朝のことははっきり覚えてる。
介護現場の「ギリギリ設計」について

介護施設の朝というのは、一日の中で一番業務が集中する時間帯や。
起床介助、排泄介助、洗面、着替え、朝食の準備——これが全部、ほぼ同じ時間帯に重なる。
利用者さんはそれぞれのペースで動く。でも食事の時間は決まってる。
「全員を起こして、ケアして、食堂に連れてきて、朝食を出す」——この流れを、限られたスタッフで回す。
早出のスタッフというのは、この朝の業務を回すために来てもらう人員や。
1フロアに何人必要か——それは施設によって違うけど、ワイがいた現場では4人が基本やった。
4人で回すように設計された現場が、4人いてはじめて「なんとか回る」状態やった。
余裕があって4人やない。ちょうど4人やった。
つまり、1人でも欠けたら「なんとか」が崩れる。
その朝、2人が来なかった
早出のシフトは、だいたい7時前後から始まる。
ワイは時間通りに来た。もう1人も来た。
あとの2人を待った。
来なかった。
7時を過ぎた。連絡もない。
ワイともう1人で顔を見合わせた。
「遅れてるだけかな」——そう思ってたのは、最初の5分だけやった。
利用者さんは動き始めてる。
ナースコールが鳴り始めた。「起こしてくれ」「トイレに行きたい」——朝の声が、次々と飛んでくる。
待ってる時間はない。
ワイともう1人は、動き始めた。
そこに連絡が入った。
2人とも、寝坊やった。
「すみません、今から向かいます」
今から、では間に合わへん。
朝の業務のピークは、もう始まってた。
その瞬間、現場の空気が変わった。
2人で回すということの意味
4人でやる仕事を、2人でやる。
単純に言えば、一人当たりの仕事量が2倍になる。でも実際は、それより重かった。
コールが鳴る。ワイが対応する。その間、もう1人は別の利用者さんの離床介助に入ってる。
コールがまた鳴る。でも誰も取れへん。
鳴り続ける。
離床介助をしながら、頭の中でカウントしてた。
「今、何人起きてへん。何人食堂に行けてへん。朝食の時間まであと何分。」
計算が合わへんかった。
どう動いても、全員を朝食の時間に間に合わせることは——2人では不可能やった。
朝食の準備は、誰がやるんや。
まだ起きてへん利用者さんは、誰が起こすんや。
おむつ交換が必要な人は、誰が対応するんや。
全部が同時に来てた。
2人の手は2本ずつしかない。でも、必要な手は10本以上あった。
ワイはそのとき、判断した。
立花さんに、電話をかけることにした。
立花さんに電話をかけた
立花さんは、ワイがいた施設のスーパー主任やった。
「スーパー主任」というのは、ワイが勝手にそう呼んでたんやけど——本当にそういう人やった。
判断が速い。動きに無駄がない。現場で何が起きてるかを、一瞬で把握する。
「この人がいたら、なんとかなる」という安心感を、現場全体に持たせられる人やった。
その日、立花さんは休みやった。
休みの人間に電話をかけるのは、ためらいがあった。
でも、ためらってる時間もなかった。
コールは鳴り続けてる。もう1人は離床介助で手が離せへん。
ワイは電話をかけた。
「立花さん、すみません。早出が2人来てなくて、今2人しかいないんです」
立花さんは、一瞬だけ間を置いた。
そして言った。
「分かった。今から行く」
それだけやった。
長い説明もなく、ため息もなく、愚痴もなく。
「今から行く」の一言だけ。
ワイはその一言を聞いて——正直、泣きそうになった。
泣いてる場合やないから、すぐ動いたけど。
立花さんに電話をかけた後、ワイはすぐ動き始めた。
立花さんが来るまでの時間——それがどれくらいかは分からへん。でも、来るまでの間も現場は止まってくれへん。
コールは鳴り続けてる。利用者さんは起きてくる。朝食の時間は刻々と近づいてる。
その場にいたのは、ワイともう一人の早出スタッフ、そして夜勤明けの職員やった。
夜勤明けが、体調不良やった
夜勤明けのスタッフ——仮に小林さんとしておく——は、その日の朝から顔色が悪かった。
夜勤を一晩やり切って、本来やったらそこで上がれる。でも早出が2人来てへんから、上がれる状況やなかった。
小林さんはそれを分かってて、顔色が悪いまま動き続けてた。
「大丈夫ですか」と聞いた。
「大丈夫です」
大丈夫やないのは、見たら分かった。
でも、「大丈夫やないから休んでください」と言える状況やなかった。
小林さんが抜けたら、ワイ一人になる。
それだけは避けなアカンかった。
ワイは「無理しないでください、できる範囲で」と言いながら、内心では「頼む、倒れんでくれ」と思ってた。
体調不良の人間に頼らなアカン状況が、すでにおかしかった。でも現実はそうやった。
3階のことが、頭の片隅にあった
普段やったら、2階の早出が落ち着いたタイミングで、3階の早出を手伝いに行く。
それが当たり前の流れやった。
でも、その日は行けへんかった。行ける状況やなかった。
3階には夜勤スタッフが一人でいた。
早出の手伝いが来ない。2階が崩れてることは、たぶん向こうには伝わってへんかった。
「なんで手伝いが来いへんのやろ」と思いながら、一人で朝の業務を回してたはずや。
ワイには連絡する余裕もなかった。
申し訳ないと思いながら——でも2階を離れることは、もっとできへんかった。
1か所が崩れると、連鎖する。
2階の穴が、3階にも影響してた。それが介護現場の「ギリギリ設計」の怖いところや。
素早く、丁寧に、事故なく
2人——実質的には体調不良の小林さんを抱えながら——で、ワイは動き続けた。
優先順位を決めた。
まず、転倒リスクの高い利用者さんから起こす。次に、排泄介助が必要な人。その次に、自分で動ける人。
朝食の準備は、隙間を見つけながらやる。
余裕はゼロやった。でも、焦りで雑になることだけは避けたかった。
介助を焦ると、事故が起きる。
移乗を急いだら転倒する。更衣を雑にやったら皮膚を傷つける。声かけを省いたら利用者さんが驚いて体が固まる。
焦れば焦るほど、余計に時間がかかる——それが介護の怖いところや。
だから、ワイは意識して「丁寧に」を手放さんかった。
速く動く。でも雑にはしない。声かけは省かない。手順は守る。
そのギリギリのラインを保ちながら、一人ひとりの部屋を回り続けた。
どれくらいの時間が経ったか、正直よく覚えてへん。
時計を見る余裕がなかった。ただ、コールが鳴るたびに動いて、部屋を出るたびに次の部屋に入った。
立花さんが来た
廊下の向こうから、足音が聞こえた。
速い足音やった。
迷いのない、まっすぐな足音。
立花さんやった。
休日の格好から、そのまま来てくれたんやと思う。
着替えてる時間も惜しんで来てくれたのか、ユニフォームに着替えて来てくれたのか——その辺の記憶は曖昧や。
でも来てくれた、ということだけは、はっきり覚えてる。
立花さんはフロアに入ってきた瞬間、現場の状況を一瞬で見渡した。
何も聞かへんかった。「今どんな状況ですか」という確認すらなかった。
見ただけで分かったんやと思う。
そのまま、一番手が必要な場所に向かった。
「今から行く」と言って、本当に来て、本当に動いた。
それだけのことが、あの朝のワイには、本当に大きかった。
続く
立花さんが来てくれてから、しばらくして——2人が来た。
遅刻した2人が、ようやく姿を現した。
何分後やったか、正確には覚えてへん。30分やったか、もう少し後やったか。
記憶がごちゃごちゃになってるのは、あの朝がそれだけ必死やったからやと思う。
2人はフロアに入ってきた。
申し訳なさそうな顔をしてた。当然やと思う。
立花さんが、静かに怒った
2人が来たとき、立花さんはちょうど利用者さんの介助を終えたタイミングやった。
立花さんは2人の顔を見た。
怒鳴ったわけやない。声を荒げたわけやない。
でも、その場の空気が一瞬だけ、ぴんと張った。
立花さんが、低い声で言った。
「今、どういう状況か分かってる?」
それだけやった。
長い説教やない。感情的な怒鳴りでもない。
ただ、その一言に——休日に叩き起こされて、急いで来て、体調不良の夜勤明けと2人で現場を回してた時間の全部が、凝縮されてた。
2人は何も言えんかった。
「すみませんでした」とだけ言って、すぐ動き始めた。
ワイはその場面を横目で見ながら、介助を続けてた。
立花さんの怒り方は、西川みたいな「威圧」とは全然違った。
「何をしたか」やなく「何が起きたか」を突きつける怒り方やった。
それが、余計に重かったと思う。
4人が揃って、ようやく現場が動き始めた
立花さん、ワイ、遅刻してきた2人——4人が揃った。
立花さんはその場で、すぐに動きを振り分けた。
「ワイは離床の続き、〇〇は食事準備、〇〇はコール対応」——短い言葉で、的確に。
指示を出しながら、立花さん自身も動いてた。
指示を出す人間が、一番動いてる——その姿を見て、遅刻してきた2人も黙って必死に動いてた。
朝食の時間には、なんとか間に合った。
全員が食堂に揃って、食事が始まった。
事故はなかった。
ワイはその瞬間、ようやく息をついた。
体が動いてる間は気づかへんかったけど、肩がずっと上がったままやった。
力が抜けた瞬間に、初めて「しんどかった」という感覚が来た。
誰も悪人やない、という話の難しさ
あの朝を振り返るとき、ワイがずっと考えてきたことがある。
遅刻した2人は——悪人か。
寝坊は、ミスや。それは間違いない。
現場に多大な迷惑をかけた。立花さんを休日に呼び出した。体調不良の小林さんに無理をさせた。3階の夜勤スタッフを孤立させた。
でも、「悪人」かと言われたら——ワイにはそう断言できへん。
介護の仕事は、体力も神経も削る仕事や。
夜勤明け、早出、また夜勤——そういうシフトが続く中で、疲れが蓄積して目覚ましが聞こえへんくなることは、誰にでも起きうる。
「なんで寝坊するんや」と責めることは簡単や。でも、その人間が追い詰められるほどのシフトを組んでた施設の構造は——誰も責めへん。
個人を責めることは簡単や。でも、その個人を追い詰めた構造には、誰も気づかへんふりをする。
それが介護業界の、ワイが20年かけて見えてきた歪みの一つや。
3階のスタッフのことを、後から聞いた
あの朝、3階で一人頑張ってた夜勤スタッフのことを、後から聞いた。
手伝いが来いへんまま、一人で朝の業務を回してたらしい。
「2階で何かあったんかな」と思いながら、でも連絡する余裕もなく、ただ動き続けてたと。
事故はなかった。なんとか乗り切った。
でも、「なんとか乗り切れた」というのは——運がよかった部分もある。
もし3階でも何か起きてたら——2階の穴が、3階の事故につながってたかもしれへん。
「1か所の欠員が、連鎖して別の場所に波及する」——あの朝は、そういう構造の怖さを、ワイに叩き込んだ日やった。
あの朝のことを、ワイは今でもよく思い出す。
立花さんが来てくれた。事故はなかった。朝食には間に合った。
結果だけ見たら、「なんとかなった」話や。
でも——「なんとかなった」の裏側に、何人もの人間の消耗があった。
体調不良やのに動き続けた小林さん。休日を潰して来てくれた立花さん。一人で3階を回し続けた夜勤スタッフ。
その全員の消耗の上に、「なんとかなった」が成り立ってた。
それが、介護現場の「ギリギリ設計」の本当のコストや。
人手不足の現場で「今日を乗り越える」ために
綺麗事は言わへん。
人手不足は、個人の努力で解決できる問題やない。施設の経営判断、業界全体の構造、国の政策——そういう大きな話が根っこにある。
でも、今日の現場は今日回さなアカン。
構造の話をしてる間も、利用者さんは待ってる。
一つ目。優先順位を、声に出して共有すること。
人手が足りへんとき、一番まずいのは「みんなが自分の判断で動いて、抜けが出ること」や。
「転倒リスクの高い人から先に離床する」「食事準備はこのタイミングでやる」——それを声に出して共有するだけで、動きが揃う。
立花さんがやってたのは、まさにそれやった。
混乱した現場で一番必要なのは、判断を一本化することや。
二つ目。「丁寧さ」を手放さへんこと。
焦ると雑になる。雑になると事故が起きる。事故が起きると、余計に人手が取られる。
逆説的やけど、人手が足りへんときほど「丁寧に」を意識することが、結果として時間を節約する。
焦りで雑になった瞬間が、一番危ない。
三つ目。助けを求めることを、躊躇せえへんこと。
ワイが立花さんに電話をかけたのは、「2人では無理や」と判断したからや。
「なんとかなるかもしれへん」「迷惑かけたくない」——そういう気持ちで抱え込んでたら、もっと早く現場が崩れてた。
休日に電話することへの遠慮は、あった。でも利用者さんへのリスクの方が重かった。
「迷惑をかけたくない」という遠慮が、現場をより危険にすることがある。
立花さんのことを、ワイは忘れへん
あの朝から何年も経った今でも、立花さんの「今から行く」という言葉を覚えてる。
長い説明を求めへんかった。愚痴を言わへんかった。来て、見て、動いた。
それだけのことが——あの朝のワイには、本当に大きかった。
介護の現場で「スーパー主任」と呼べる人間は、特別なスキルを持ってるわけやない。
「ここぞというときに、来る人間」やと思う。
技術でも経験でも知識でもなく——「必要なときに、来る」という行動そのものが、その人の信頼を作ってた。
ワイ自身も、20年この仕事をしてきて、「来る人間」でいられたかどうか——正直、自信はない。
でも、立花さんのあの朝を思い出すたびに、「来られる人間でいたい」と思う。
「誰も悪人やない」の先にある話
遅刻した2人のことを、ワイは今でも恨んでへん。
あのときは腹が立った。でも時間が経つと——あの2人が追い詰められてたんやないかという気持ちの方が強くなってきた。
介護の仕事を続けるということは、体と神経を削り続けることや。
それが当たり前になってくると、疲れてることに気づかへんくなる。
気づかへんまま積み重なって、ある日目覚ましが聞こえへんくなる。
「寝坊した個人が悪い」で終わらせると、構造の問題が見えへんまま同じことが繰り返される。
「なんでそこまで追い詰められてたのか」まで掘り下げることが——次の「崩れる朝」を防ぐことに繋がる。
それが、個人を責めることより大切なことやとワイは思ってる。
今、人手不足の現場で毎日綱渡りをしてる人——「なんで自分ばかり」と感じてる人——この記事が少しでも「自分だけやなかったんや」と思えるきっかけになったなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。
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