高次脳機能障害という言葉は知っていても、実際にどのような状態なのか、認知症と何が違うのかは分かりにくいものです。介護現場では、外見上は大きな変化がないのに、会話がかみ合わない、同じ失敗を繰り返す、感情が急に高ぶるといった場面があります。

本人の性格や意欲の問題だと受け取られることもありますが、脳の損傷によって、記憶、注意、段取り、感情の調整などが難しくなっている可能性があります。介護職には診断はできません。しかし、生活の中で起こる具体的な困りごとを観察し、チームへ伝えることはできます。

高次脳機能障害とは

高次脳機能障害は、脳卒中、交通事故などによる外傷、脳炎、低酸素脳症などで脳が損傷したあとに、記憶、注意、言語、判断、行動、感情などに障害が残る状態を指します。手足の麻痺のように見た目で分かりやすい症状だけではなく、日常生活や対人関係の中で初めて気づかれる症状が多いことが特徴です。

以前は一人でできていた予定管理ができなくなる、話の途中で別の刺激へ注意がそれる、言いたい言葉が出てこない、周囲の気持ちを考えにくくなるなど、現れ方は人によって違います。複数の症状が重なることもあり、同じ診断名でも必要な支援は一律ではありません。

症状が目立つ日と目立たない日があり、疲労、睡眠不足、環境の騒がしさ、体調によって変化する場合があります。「昨日できたから今日もできる」と決めつけず、その日の状態を見ながら関わる必要があります。

主な原因

原因として多いのは脳梗塞や脳出血などの脳血管障害です。交通事故や転倒による頭部外傷、心肺停止後の低酸素状態、脳炎、脳腫瘍などのあとに生じることもあります。原因疾患や損傷した部位、範囲によって症状は異なります。

介護職が原因を推測して断定することは避けます。既往歴や診療情報、リハビリ計画を確認し、医師、看護師、リハビリ職から共有された支援方針に沿います。新しい変化が突然起きた場合は、以前からの障害として片づけず、急性疾患の可能性も考えて速やかに報告します。

記憶障害

新しい出来事を覚えにくくなり、今聞いた予定を忘れる、物を置いた場所が分からなくなる、同じ質問を繰り返すことがあります。本人が忘れている自覚を持てない場合、周囲から責められることで混乱や不安が強くなります。

支援では、短い言葉で一つずつ伝え、メモ、カレンダー、ホワイトボード、写真などを使います。情報を置く場所と書き方を統一し、職員ごとに違う説明をしないことが大切です。何度も質問されたときも、「さっき言いました」と責めるのではなく、同じ手がかりへ案内します。

注意障害

一つのことへ集中し続けにくい、複数の作業を同時に行えない、周囲の音や人の動きに注意を奪われる状態です。食事中にテレビや周囲の会話へ気を取られ、箸が止まることがあります。移動中に別の方向を見て、障害物へ気づかないこともあります。

環境を整理し、余計な刺激を減らします。説明は静かな場所で行い、一度に複数の指示を出しません。「着替えて、歯を磨いて、食堂へ来てください」ではなく、着替えが終わってから次を伝えます。急がせると混乱が増えるため、待つ時間も支援の一部です。

遂行機能障害

目標を立て、手順を考え、実行し、結果を確認する一連の働きが難しくなる状態です。料理の材料は分かっていても順番が組めない、入浴の準備を始めても途中で止まる、予定時刻に間に合うよう行動できないことがあります。

作業を小さな単位に分け、見える手順書を作ります。介護職がすべて代行すると本人の力を使う機会が減るため、どこまで一人ででき、どこから手助けが必要かを観察します。成功した手順をチームで共有し、毎回同じ方法で支援すると混乱が減ります。

社会的行動障害と感情の変化

感情を抑えにくくなり、些細なことで怒る、急に泣く、相手との距離が近くなりすぎる、欲しいものを我慢できないなどの変化が見られることがあります。以前の性格だけでは説明しにくい行動でも、本人がわざと困らせているとは限りません。

危険な行動は止める必要がありますが、人格を否定する叱り方は避けます。刺激から離れ、落ち着ける場所へ移り、短く具体的な言葉で伝えます。何が起きる前に感情が高ぶったのかを記録すると、騒音、待ち時間、疲労、難しすぎる課題などの引き金が見えてくることがあります。

失語・失行・失認

失語では、言葉を理解する、話す、読む、書くことの一部が難しくなります。話せないから理解もできないとは限りません。ゆっくり話し、選択肢を絞り、指さしや絵を使い、返答を急かさないことが基本です。

失行では、身体を動かす力があっても、目的の動作を正しい順番で行いにくくなります。失認では、見えている物や人、身体の一部などを正しく認識しにくくなることがあります。できない理由を「やる気がない」と判断せず、作業療法士や言語聴覚士などの評価を支援へ反映します。

認知症との違い

高次脳機能障害と認知症には、記憶障害、注意の低下、判断の難しさなど共通する症状があります。大きな違いとして、高次脳機能障害は脳卒中や外傷など明確な脳損傷をきっかけに生じることが多く、障害された機能と保たれている機能に差が見られます。

一方、認知症はさまざまな疾患によって認知機能が低下し、生活へ支障が出る状態の総称です。ただし、両方を併せ持つ場合もあり、現場だけで区別することはできません。診断名で決めつけず、本人の現在の力と困りごとを個別に確認します。

急な変化はすぐに報告

突然言葉が出なくなった、片側の手足が動かしにくい、意識がぼんやりした、激しい頭痛や嘔吐がある場合は、新たな脳卒中などの可能性があります。以前からの障害と思い込まず、施設の緊急時手順に従ってください。

介護職の接し方

まず、できないことだけでなく、できることを把握します。同じ人でも、静かな環境ならできる、午前中なら集中できる、見本があれば進められるなど条件があります。成功しやすい条件を探すことが自立支援につながります。

指示は一文を短くし、一度に一つにします。抽象的な「ちゃんとしてください」ではなく、「ここへ座ってください」「この袖へ右手を通します」のように具体的に伝えます。反応が遅くても、理解していないと決めつけず、待つ時間を取ります。

本人の前で失敗を話題にしたり、子ども扱いしたりしません。障害への気づきが乏しい場合も、正論で認めさせようとすると関係が悪化します。安全確保に必要なルールは明確にしながら、本人の尊厳を守ります。

環境調整

物の置き場所を固定し、表示を大きく分かりやすくします。居室や机の上に物が多いと必要な物を見つけにくくなるため、本人と相談しながら整理します。予定表は情報を詰め込みすぎず、今日行うことを中心に示します。

転倒や事故を防ぐため、移動経路の障害物、照明、履物を確認します。注意がそれやすい方の歩行介助では、移動中に多くの質問をしない配慮も必要です。安全対策が過剰な行動制限にならないよう、チームで定期的に見直します。

記録と申し送り

「怒りっぽい」「言うことを聞かない」ではなく、事実を書きます。たとえば「15時、入浴の声かけ後に大声。職員が三つの予定を続けて説明した直後。静かな場所へ移動し、一つずつ説明すると5分後に落ち着いた」と記録します。

行動の前後、環境、職員の言葉、本人の反応、効果のあった対応を残すと、再現性のある支援になります。うまくいかなかった方法も共有し、職員によって対応が極端に変わらないようにします。

家族との連携

家族は、発症前の本人をよく知っています。そのため「前はできたのに」「怠けているように見える」と戸惑うことがあります。障害による可能性と、保たれている力の両方を具体的に共有します。

家族へ介助方法を押しつけず、家庭で困っている場面を聞きます。外出、金銭管理、服薬、火の使用など、安全に関わる課題は専門職と検討します。家族の疲労や負担にも目を向け、相談支援へつなげます。

まとめ

高次脳機能障害は、見た目だけでは分かりにくく、本人の性格や努力の問題と誤解されやすい障害です。記憶、注意、段取り、言語、感情の調整など、どの機能が難しいかを生活場面から把握することが支援の出発点になります。

介護職は診断するのではなく、具体的な事実を観察し、成功しやすい環境と声かけを探し、チームへ共有します。本人の尊厳を守りながら、できる力を活かす。その積み重ねが、安全と自立の両方につながります。