夜勤介護マンの日記

介護現場で感じたことを、体験ベースで書いています

早出7時で駐車場着6時58分はただの遅刻|現場に入らない10分を夜勤明けに押し付けた同僚の話

夜勤介護マンの日記

この記事は、夜勤介護マンが実際に経験した介護現場の出来事をもとに書いています。個人や施設が特定されないよう配慮しており、確認できていないことは断定していません。パチンコ店の件は筆者自身が目撃したものではなく、見かけた職員本人から直接聞いた内容です。特定の職員を吊し上げる目的の記事ではなく、法律上の遅刻や労働時間を個別に判定する記事でもありません。
現場エピソード

早出7時なのに駐車場へ来るのは6時58分|夜勤明けが食事介助を続けた介護現場

遅刻か遅刻でないかより、7時に必要だった仕事を誰が埋めていたのかという話

夜勤介護マン

夜勤介護 × 家族介護

介護の現実は、きれいごとだけでは分からない。

現場で起きたこと、夜勤者の判断、家族が抱える迷いを実録でお届けします。

夜勤介護と家族介護の実録を読む

早出の勤務開始は7時でした。そして、その女性職員の車が駐車場へ入ってくるのは、6時58分か59分です。

そこから建物に入って、着替えて、フロアへ出てくる。実際に食事介助へ入るのは7時10分ごろになっていました。

その間、ワイは何をしていたか。夜勤明けのまま、利用者さんの食事介助を続けていました。

その日の早出が1人しかいない勤務でも、同じでした。7時になっても、担当してもらうはずの人はまだ着替えている。7時に始まるはずやった仕事は、そこにいる人間が続けるしかない。

そして、これが一度や二度の話やったら、こんな記事にはなっていません。その人が入社してから、ずっとこの調子でした。正直に書くと、今こうして思い出しているだけでもイライラしてきます。

先に、この記事の立ち位置を書いておきます。「始業1分前に駐車場へ着いたんやから遅刻ではない」という言い分と、「7時に必要やった食事介助へ、その人が入ったのは7時10分ごろやった」という現場の事実は、別の話です。前者は形式の話で、後者はその日の勤務で実際に起きたことの話。

この記事で書くのは後者のほうです。何分前に出勤するのが常識か、という説教をするつもりはありません。7時に人が入らなかったとき、その仕事がどこへ行ったのか。誰が、何をしながら埋めていたのか。そこを具体的に書きます。

この記事で分かること

  • 早出職員が7時に業務へ入れなかったとき、夜勤明けの職員に何が残ったのか
  • 駐車場へ着いた時刻と、実際に介護業務へ入った時刻の違い
  • 早出が1人欠けるだけで、オムツ交換やゴミ捨てまで止まった理由
  • 「すみません」と謝られても、入社からずっと改善しなかった経過
  • 確認できた事実と、パチンコ店の伝聞を分けて書く理由

夜勤明けで、7時の早出が来るのを待っていた

最初に、ワイがどの立場でこの話を書いているのかをはっきりさせておきます。廊下の向こうから眺めて「あの人いつもギリギリやな」と言うていた側ではありません。その勤務を、何度も直接食らった側です。

夜勤の仕事が終わる時刻になっても、次の担当へ渡せなかった

介護の仕事は交代勤務です。夜勤で入った人間は、朝になったら次の勤務者へ現場を渡して終わる。渡す相手がそこにいて初めて、夜勤は終わります。

渡す相手が来なければ、どうなるか。夜勤者の勤務が魔法のように軽くなるわけではありません。その時間にやるべき仕事はそのまま残っていて、その場にいるのは夜勤明けの人間だけです。

ワイが待っていたのは、7時からの早出でした。7時になれば、そこから先の担当はその人になる。そういう組み方で、その日のフロアは動いていたわけです。

ところが、7時になっても現場にはいない。着替えているところやというのは分かっています。ただ、着替えている人は、その時間の食事介助をしてくれません。当たり前の話ですが、この当たり前が毎回積み重なると、待つ側にはけっこう効いてきます。

夜勤明けというのは、それまでの時間をひととおり越えてきた状態です。そこから「あと10分ほど、この介助を続ける」というのは、時計の上では10分でも、体感としては素直に10分ではありません。

その日の早出が1人しかいない日でも同じだった

もうひとつ、これを書かないと伝わらない部分があります。

その日の早出が1人しかいない勤務でも、同じことをしていました。

早出が複数いる日なら、まだ違います。誰かが7時から入っていれば、遅れて出てきた人の分をその人が引き受ける形になる。負担の行き先が同じ勤務帯の中で収まります。

けれど、早出がその人1人しかいない日は、行き先が夜勤者しかありません。7時に入るはずの担当が現場にいない時間は、まるごと夜勤明けの側へ乗ります。

ここが、「たった数分やろ」と言われたときにいちばん噛み合わない部分です。数分かどうかを決めるのは時計ですが、その数分を誰が持つかを決めるのはシフトの組み方のほうやからです。

早出が来ないまま、深夜勤明けのワイが本来2人で運ぶ配膳車を1人で動かした別の朝は、早出の先輩が来ない朝に1人で配膳車を運んだ体験で書いています。

何度も食らった側として、今でも腹が立つ

正直に書きます。この件については、今思い出しているだけでもイライラします。

ブログを書くときは、なるべく冷静に整理して書こうとしています。ただ、この話に関しては、冷静ぶって「そういうこともありますね」とまとめる気にはなれません。何度も直接食らった側やからです。

誤解のないように付け加えると、この記事はその人を悪人として仕上げるために書いているのではありません。書きたいのは、遅れた時間の行き先です。

「遅刻した本人が悪い」で終わる話なら、記事にする意味はあまりない。実際に起きていたのは、その人が現場に出てくるまでの時間を、別の職員が働いて埋めていたという状態です。そこを具体的に書けるのは、埋めていた側だけやと思っています。

駐車場へ来るのは6時58分か59分、現場へ入るのは7時10分ごろだった

では、実際にどのくらいギリギリやったのか。ここは時刻の話なので、確認できている範囲だけを並べます。

7時開始なのに、車が来るのは始業の1~2分前

早出の勤務開始は7時でした。

その人の車が駐車場へ入ってくるのは、6時58分か59分です。始業の1分前か2分前。

数字だけ見れば、間に合っています。7時の前に敷地には着いている。本人の感覚としても、たぶんそこは「間に合っている」やったと思います。ワイはその人の中身を知らんので、そこは想像で書きません。

ただ、介護の現場で7時が意味しているのは、「敷地に到着している時刻」ではありません。7時から担当する仕事があって、その仕事に入れる状態でいることが求められる時刻です。

この二つは、言葉にすると当たり前ですが、実際の勤務ではきれいに別物として現れます。駐車場に車があることと、フロアで介助ができることは、別の状態やからです。

着替えたあと、食事介助へ入るのは7時10分ごろ

駐車場から先の流れも書いておきます。車を停めて、建物へ入って、着替えて、フロアへ出てくる。

その結果、実際に食事介助などの現場業務へ入るのは、7時10分ごろになっていました。

「ごろ」と書いているのは、ワイが毎回きっちり時計を見て記録していたわけではないからです。毎回7時10分ちょうどやった、と断定はできません。ただ、7時になってすぐ現場に立っていた記憶はなくて、体感としてはだいたいそのくらいでした。

着替えにかかる時間そのものを責めたいのではありません。着替えないと仕事にならないのは全員同じです。問題は、その着替えが7時をまたいでいたこと。7時までに終わらせておく前提で組まれている流れを、7時から始めていたところです。

ここを勘違いされると困るので先に書いておきますが、「何分前に来るのが正しいか」の話は後半のH2でまとめて扱います。ここで押さえておきたいのは、建物に着いた時刻と、業務に入った時刻は同じではないという一点だけです。

申し送りを確認しないまま業務へ入っていた

そしてもうひとつ。申し送りを確認していませんでした。

交代勤務では、前の勤務帯で何があったかを次の勤務者へ渡します。夜間の様子、変わったことがあったかどうか、その日に気をつけることがあるか。渡す側は、それを見てもらう前提で書きます。

その確認が抜けたまま業務へ入っていた、ということです。

どの申し送りを見落としたのか、その結果として何かが起きたのかについては、ワイは確認していません。だから、そこは書きません。事故が起きた、危なかった、といった書き方をすれば記事としては強くなりますが、確認していないことを足した時点でこの記事の値打ちは消えます。

それでも、渡す側からすると、これはこれで残るものがあります。書いた情報が読まれないなら、渡したことにならない。時間が押しているうえに、渡したはずの情報も止まっている。その二つが重なっていた、という話です。

7時は、夜勤者が帰るだけの時間ではなく食事介助の時間だった

ここから、10分ほどの遅れが現場で何になったのかを書きます。

早出が担当するはずの食事介助を夜勤明けが続けた

7時というのは、その現場では食事介助をする時間でした。夜勤者が荷物をまとめて帰るためだけの時刻ではありません。

本来なら、7時から早出が食事介助に入る。ワイはそこで手を離せる。そういう流れです。

その人が現場へ出てくるまで、ワイが食事介助を続けていました。

書くとこれだけの話です。ただ、この一行が、この記事でいちばん言いたいところでもあります。遅れて出てきた人の分の仕事は、消えていません。移動しただけです。移動先は、その場にいた夜勤明けの人間でした。

「じゃあ夜勤者が10分残ればいいだけやろ」と思う人もいるかもしれません。その感覚が、たぶん交代勤務を外から見たときの標準やと思います。ただ、その10分はすでに勤務を終えている人間の10分で、しかも自分の担当として組まれていない10分です。

利用者さんの朝食は、職員の到着を待ってはくれない

食事介助は、後ろへずらせば済む仕事ではありません。

目の前に食事があって、食べている人がいます。介助しているなら、その人のペースに合わせて進めることになります。飲み込めているか、むせていないか、疲れてきていないか。そういうことを見ながら進める必要がある。

「10分後に交代の人が来るので、それまで待っていてください」とは言えません。食事の時間は、そこにいる利用者さんの時間やからです。

ここでは、介助を受けていた方の詳しい状態は書きません。人数も、食事の形も、その日の様子も、この記事で書けるほど確認できていないからです。書けるのは、7時の時点で食事介助が進行していて、その担当をワイが続けていた、というところまでになります。

逆に言えば、その程度の情報でも、現場の人ならだいたい想像がつくと思います。朝の食事の時間帯に、予定していた人が1人いない。それが何を意味するかは、経験している人には説明がいりません。

「10分だけ」でも、その10分を埋めた職員がいる

10分という数字は、口で言うと小さく聞こえます。会議で報告しても、たぶん大ごとにはなりません。

ただ、その10分には必ず中身があります。誰かが介助を続けている10分です。

そして、この10分は貸し借りとして記録されません。夜勤明けの職員が10分多く介助をしたことは、勤務表のどこにも表れない。次の日になれば、シフトは何ごともなかったように同じ形で組まれます。

一回ならワイも忘れています。実際、この記事を書こうと思うくらい残っているのは、これが繰り返されたからです。繰り返しの話は後半で書きますが、まずは「7時に人がいないと、その時間の介助はそこにいる人間が続ける」という、単純な事実を押さえておきます。

早出が1人来ないだけで、オムツ交換もゴミ捨ても動かなくなった

影響は食事介助だけでは終わりませんでした。ここが、交代勤務のややこしいところやと思います。

食事介助の次にはオムツ交換が待っていた

早出には、食事介助のあとのオムツ交換にも入ってもらう予定でした。

介護の朝は、ひとつの業務が終わったら次が待っている形で並んでいます。前がずれれば、後ろもずれる。食事介助へ入るのが10分ほど遅れれば、その次に予定していたものも同じだけ後ろへ動きます。

そして、後ろへ動いた分をどこかで吸収しないといけません。吸収する場所は、たいてい残っている職員の動きの中です。

今回の場合、その日の早出はその人1人でした。つまり、オムツ交換に入ってもらう予定の人が、その時間まだ食事介助にかかっている状態になる。予定していた並びが、最初の10分でずれたまま朝が進んでいくわけです。

何分遅れたかを正確に数えたことはないので、ここでも数字は出しません。ただ、朝の並びが後ろへずれる感覚は、介護職なら分かってもらえると思います。

ゴミ捨てへ行きたくても、待機する職員がいなかった

もうひとつ、地味ですが効いてくるのがこれです。

ワイがゴミ捨てへ行きたくても、フロアで待機する職員がいなくなることがありました。

ゴミ捨てというのは、フロアを離れる仕事です。介護の現場では、誰かがフロアを離れるとき、その間に何かあったら動ける人が残っている必要があります。誰も残らない状態で全員が持ち場を外れるわけにはいきません。

早出が来ていれば、その人が残ってくれる。だから行ける。来ていなければ、行けない。それだけの話です。

これは、遅刻の影響として説明されにくい部分やと思います。食事介助が遅れた、というのは分かりやすい。でも「ゴミ捨てへ行けなかった」は、報告しても軽く聞こえます。

実際には、こういう細かい仕事が後ろへ溜まっていきます。そして溜まったものは、たいてい誰かが自分の時間の中で押し込んで片付けることになる。

勤務表に名前があるだけでは、現場の人数にならない

その日にいる予定の職員を人数に入れて、業務を組んでいました。当たり前ですが、これが前提です。

勤務表に名前があるということは、その時間にその人が動けるものとして計算されている、ということです。誰がどの業務へ入るかも、その計算の上に乗っています。

だから、名前が入っているのに、その時間に動ける状態でいないと、計算そのものがずれます。1人分の穴が空くのではなく、その1人へ割り振っていた仕事の行き先が全部宙に浮く形になる。

ここで念のため書いておきますが、この記事は施設の人員配置が基準違反やったとか、法令に触れていたとか、そういう話をしているのではありません。ワイはその判断ができる立場やないし、確認もしていません。

書いているのは、あくまで現場の実務の話です。予定に入っている人が、予定の時刻に動ける状態でいるかどうかで、その朝の回り方が変わるという、それだけのことです。

残った職員が穴を埋めると、別の仕事が止まる

穴が空いたとき、現場は止まりません。残っている人間が埋めます。

ただ、埋めるというのは、どこかから時間を持ってくるという意味です。持ってきた先の仕事は、その分だけ止まります。

食事介助を続ければ、その間に予定していた動きは進みません。フロアに残っていれば、外へ出る仕事は止まる。当然の話ですが、この「止まった側」は記録に残りにくい。

遅刻の話をするとき、たいてい注目されるのは遅れた本人の時刻です。何時に来たか、何分遅れたか。でも現場に残るのは、その時間に別の誰かが何をしていたか、そして何ができなかったかのほうです。

ワイがこの記事で書きたいのは、まさにそこです。遅刻とは、時間が消える出来事ではなく、仕事の持ち主が入れ替わる出来事やと思っています。

予定していた職員が2人遅れ、残った職員で現場を回した別の体験は、介護の人手不足で2人遅刻したときの現場対応で詳しく書いています。

日勤8時30分の日に、遅出の9時30分ごろ来ることもあった

ここまでは早出の話でした。ただ、この人の場合、数分の遅れだけでは終わりませんでした。

8時30分の日勤なのに、来るのは9時30分ごろ

日勤の勤務開始は8時30分でした。そして、その現場には遅出という勤務もあって、そちらの開始は9時30分です。

日勤の日に、9時30分ごろ来ることがありました。

つまり、自分の勤務開始からおよそ1時間遅れて来ることがあった、ということです。しかも、その時刻はちょうど遅出の開始時刻にあたります。

なぜそうなったのかは、ワイは知りません。シフトを勘違いしていたのか、寝坊やったのか、別の事情があったのか。確認していないので、原因は書きません。

本人が何と説明したのかも、ワイの記憶には残っていません。残っているのは、日勤の日に9時30分ごろに来ることがあった、という事実のほうです。

それは「ギリギリ出勤」では済まない遅れだった

6時58分に駐車場へ来る話とは、性質が違います。

始業直前に来るのは、少なくとも本人の中では間に合わせにいっている状態です。感覚がこちらとずれていても、時刻を目指してはいる。

1時間となると、そこは別の話になります。間に合わせにいって数分ずれた、という説明の範囲を超えています。

ここで書けるのはそこまでです。「遅刻」という言葉をどう当てはめるかは職場の規則によるので、ワイが判定することではありません。ただ、勤務が始まって1時間たってから現場に現れるというのは、感覚として整理しにくい出来事でした。

1時間分の仕事も、消えてなくなるわけではない

そして、原則は早出のときと同じです。

8時30分から9時30分までの1時間、その人がやる予定やった仕事は、その時間に居合わせた職員のほうへ乗ります。

その1時間に具体的に何が行われていたかは、この記事では書きません。日勤帯にどんな業務が並んでいたか、ワイが確認できる形で覚えていないからです。書けば、それは記事のための創作になります。

それでも、はっきりしていることがあります。人が1人少ない状態で、その時間を回した職員がいたということです。10分の話が1時間になっただけで、構造そのものは変わりません。

むしろ、ここまで来ると分かりやすいと思います。遅れの大小に関係なく、その時間の仕事は残っている人へ移る。数分か1時間かの違いは、乗る量の違いでしかありません。

「すみません」と謝っても、入社してからずっと繰り返していた

ここで、当然出てくる疑問に答えておきます。誰も注意していなかったのか、という点です。

一度や二度なら、ここまで記憶には残っていない

まず前提として、これが一度や二度の出来事なら、この記事は存在していません。

誰でも遅れる日はあります。電車が止まった、道が混んだ、体調が急に悪くなった。そういう日が年に何回かあったところで、お互いさまです。ワイもそこまで狭量な人間やないつもりでいます。

今回の話は、そうではありませんでした。その人が入社してから、ずっと同じ状態が続いていました。

入ってすぐの時期だけ慣れずにバタついていた、という話でもない。慣れたら落ち着くやろうと思っていたら、そのまま続いた。だから記憶に残っています。

正確な回数は書けません。ワイは記録をつけていたわけではないからです。ただ、「何回か」ではなく「ずっと」でした。ここは、はっきり書いておきます。

注意されると「すみません」とは言っていた

そして、注意はされていました。

注意されると、本人は「すみません」と謝ることはありました。ここは公平に書いておきます。何を言われても無視していた、というような話ではありません。

誰がどんな言い方で注意していたかまでは、ワイは全部を確認していないので書きません。注意した人物を全部並べられるほど、その場に立ち会っているわけでもない。

本人が「すみません」以外に何をどう説明したかも、ワイの記憶には残っていません。だから、ここで本人の台詞を作ることもしません。

書けるのは、注意する場面はあったこと、そして本人が謝ることはあったこと。その二つです。

謝ることと、次の勤務で行動が変わることは別だった

ただ、現場で結果として残るのは、謝罪の言葉ではありません。次の勤務でどうなったか、のほうです。

謝って、次の日は7時前に現場へ出てくるようになった。そうなっていたら、この件はそこで終わっていました。ワイも忘れていたと思います。

実際には、そうはなりませんでした。

ここで気をつけたいのは、「謝罪が嘘やった」「本心では反省していなかった」と決めつけないことです。人の内側は見えません。本気で悪いと思って謝っていた可能性もあるし、そこを否定できる材料をワイは持っていない。

だから、こう書きます。謝罪はあった。そのあとの勤務は変わらなかった。この二つは矛盾しませんし、どちらも事実として並べられます。

何度注意しても同じ状態が続いた

結果として、何度注意されても、同じことが繰り返されました。

一般論として書いておくと、改善したかどうかは、謝罪の言葉ではなく、そのあとの勤務状況を見ないと分かりません。注意した側が「言ったから伝わった」と思っていても、次の勤務で同じことが起きるなら、伝わった結果にはなっていない。

この現場では、それがずっと続いていました。注意する。謝る。また同じ時刻に来る。この繰り返しです。

そして繰り返されるうちに、周りの受け止め方も変わっていきます。最初は「今日はどうしたんやろ」と思っていたものが、途中から「まあ、いつものことか」になる。ワイ自身、どこかの時点でそうなっていました。

諦めというのは、こういう形で入ってきます。個人的には、この慣れていく感じがいちばん良くなかったと思っています。

体調不良で何度も休み、人の少ない日曜日にも穴が開いた

遅刻と並んで、現場が回らなくなる出来事がもうひとつありました。欠勤です。

その人もいる計算で、その日の業務を組んでいた

体調不良を理由に、何度も休んでいました。

体調不良で休むこと自体を、ワイは責めるつもりがありません。介護職は身体を使う仕事です。休まないといけない日はあるし、無理をして出てきて現場で倒れるほうが困ります。

ただ、シフト勤務では、休んだ人の仕事がそのまま消えるということはありません。ここが、事務仕事の欠勤と決定的に違うところやと思います。

その日にいる予定の職員を人数に入れて、業務を組んでいます。誰がどこへ入るかも決まっている。だから1人休むと、その人へ割り振っていた役割が空いたまま、その日が始まります。

体調不良の内容は書きません。何の症状やったのか、受診したのか、そういうことをワイは確認していないからです。確認していないものを推測で書けば、それは同僚が勝手に人の身体を判定していることになります。

日曜日のように人が少ない日は、1人欠ける影響が大きかった

そして、日曜日など職員が少ない日にも休むことがありました。

人の少ない日は、1人の重みが変わります。もともと少ない人数で組んでいるので、そこから1人抜けると、残った人数で分けられる量を超えてくる。

職員が少ない日に休まれると、業務が回りませんでした。ここは、ぼかさずに書いておきます。「大変だった」ではなく、回らなかった、という状態です。

もちろん、休みたい日を選べる体調不良ばかりではありません。日曜だから我慢して出てこい、という話をしたいのでもない。

ただ、少ない人数の日に穴が空くと、その日にいる職員が受ける負担は、平日の欠勤とは別物になります。これは現場の事実として書いておきたいところです。

オムツ交換へ入ってもらえず、待機役もいなくなった

欠勤したときに止まるものは、遅刻のときと重なります。

オムツ交換に入ってもらう予定やったなら、その分は残った職員が引き受けることになる。フロアで待機する人がいないので、ゴミ捨てのように場所を離れる仕事も動かせない。

違うのは、遅刻なら10分ほどで人が来るのに対して、欠勤はその日ずっとその状態が続くところです。朝の10分の話が、丸一日に伸びる。

そして、この状態でも利用者さんの生活は普段どおり進みます。食事の時間は来るし、排泄の対応も必要になる。職員が1人少ないから今日は省略、というわけにはいきません。

結局、その日にいる職員が自分の動きを詰めて対応することになります。

主任が電話したあと、出勤してくることもあった

そして、これも実際にあったことです。

体調不良で休むと連絡してきたあと、主任が本人へ電話をすると、そのあと出勤してくることがありました。

主任が電話で何を言うたのかは、ワイは知りません。その場にいたわけでもないし、内容を聞いてもいない。本人がどういうつもりで出勤してきたのかも分かりません。

だから、ここでも決めつけません。「本当は元気やった」とも、「怒られて仕方なく来た」とも書きません。書けるのは、欠勤の連絡があり、主任が電話をして、そのあと出勤してきたことがある、という順番だけです。

ただ、その順番を何度か見ていると、周りの受け止めが少しずつ変わっていくのは事実です。次に「体調不良です」と連絡が入ったとき、以前と同じようには受け取れなくなる。そういう空気が現場に溜まっていきました。

欠勤した当日、パチンコ店で見たと目撃した職員から直接聞いた

この記事で、いちばん扱いに気をつけたい話がここです。強い話ほど、確認できている範囲をはっきりさせておかないといけません。

ワイが見たのではなく、見かけた職員本人から聞いた

体調不良で欠勤したその日に、あの職員をパチンコ店で見かけたという話がありました。

ワイは、その話を、実際に見かけた職員本人から直接聞いています。又聞きのそのまた又聞き、ではありません。見た本人から聞いた、というところまでは確かです。

ただし、ワイ自身はパチンコ店でその人を見ていません。

ここは何度でも書きます。この件について、ワイが持っているのは「見た人から聞いた」という位置の情報だけです。自分の目で確認したことと、人から聞いたことは、記事の中でも同じ重さでは扱えません。

「欠勤当日に見かけた」以上のことは断定できない

聞いた話の中身についても、範囲を区切っておきます。

見かけた正確な時刻は、ワイは確認していません。その人がその場で何をしていたのか、どのくらいいたのかも分かりません。

だから、この記事では次のようには書きません。仮病で休んだ。サボってパチンコへ行った。勤務時間中ずっと遊んでいた。本人がそれを認めた。施設が処分した。どれも、ワイが確認していないことです。

欠勤理由が本当だったかどうかを、同僚が判定することもできません。体調のことは、本人と医療職の領域です。ブログを書いている一介護職が、外から見て決められる話ではない。

この件が職場でどう扱われたのかも、ワイは把握していません。何かがあったのかもしれないし、なかったのかもしれない。確認していないので、そこも空けておきます。

仮病とは書けなくても、職場の空気は変わっていった

そのうえで、正直に書いておきたいことがあります。

こういう話が現場に流れると、そのあとの受け取り方は変わります。ワイ自身、変わりませんでしたとは言えません。

これは、その人が仮病を使ったという意味ではありません。そう書けないことは、ここまでに書いたとおりです。

ただ、遅刻が続いて、欠勤が続いて、そこへこういう話が乗ってくると、職場としての信頼が積み上がりにくくなる。次に何かあったとき、素直に受け止めてもらえる土台が薄くなっていきます。

そして、これは本人だけの問題では終わりません。周りの職員が疑いを抱えたまま働く状態になるからです。誰も得をしていません。

だからこそ、書き方は分けておきたいと思っています。確認できたのは「欠勤当日に見かけたと、見た職員から直接聞いた」ところまで。そこから先へ話を進めるのは、記事の仕事ではありません。

食事介助中にコックリしていた記事と、同じ女性職員だった

ここで、このブログを前から読んでもらっている方向けに、ひとつ書いておきます。

以前書いた食事介助中の居眠り記事に出てくる人

以前、食事介助中に目を閉じて頭がコックリコックリしていた女性職員について記事を書きました。今回の話に出てくるのも、その人です。

あの記事では、食事介助の最中にスプーンを持った手が止まり、利用者さんが次の一口を待つ状態になっていたこと、注意されても本人は「寝てない」と否定していたことを書きました。ワイより7歳上の女性職員です。

そちらの記事の内容を、ここで長く繰り返すつもりはありません。読んでいなくても、今回の話は通じるように書いています。同じ人物やという情報だけ、置いておきます。

同じ人物でも、事実は分けて書く

同じ人の話を二本書くとなると、どうしても混ぜたくなります。「あんなことをしていた人やから、こういうこともした」という書き方は、読み物としては流れがよくなる。

けれど、それはやりません。

食事介助中に目を閉じて頭が上下していたことと、7時開始の勤務に7時10分ごろ入っていたことは、別の場面で確認した別の出来事です。片方を根拠にして、もう片方を説明することはできません。

特に、あの記事で触れた健康面の話を、今回の遅刻や欠勤の原因として持ち出すことは絶対にしません。あちらの記事でも書いたとおり、ワイは診断の内容を確認していないし、そもそも同僚が人の身体を判定してはいけない。それを遅刻の説明に使うのは、二重に筋が悪い。

過去の出来事を並べて人格を決めつけない

もうひとつ、気をつけていることがあります。

同じ人のエピソードを二本並べると、「要するにこういう人やった」というまとめ方に着地しがちです。読む側にとってもすっきりする。

ただ、そのまとめ方をした瞬間に、この記事は現場の記録から人物の断罪に変わります。ワイが書きたいのは、その人がどういう人間やったかではなく、7時に人が来なかった現場で何が起きたか、のほうです。

正直に言えば、腹は立っています。それは隠しません。それでも、腹が立っていることと、確認していないことを書くことは別の話です。

同じ人物の記事が二本ある、という事実だけを置いて、あとはそれぞれの場面で確認できたことだけを書く。この記事ではそうしています。

「何分前に来るべきか」より、7時に必要な仕事へ入れたかを見る

ここで、時刻の考え方を一度整理しておきます。

「始業15分前が常識」と押しつける記事ではない

最初に断っておきます。この記事は、「社会人なら始業15分前に来るのが常識」と言いたいわけではありません。

始業前に無給で来ることを当たり前として押しつける気もない。そこを求めだすと、今度は別の問題が出てきます。何分前に来るのが正しいかは、職場の決まりと、その職場での指示の出し方によって変わる話です。

ワイが書いているのは、もっと手前のところです。7時に始まる予定の仕事へ、7時に人が入れていたかどうか。それだけです。

反対に、30分前へ来ても「遅い」と扱われた職場の暗黙ルールは、介護職の30分前集合と遅刻扱いの空気で書いています。

厚生労働省が示す労働時間と準備行為の考え方

参考として、公的な考え方も短く触れておきます。

厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、労働時間は使用者の指揮命令下に置かれている時間とされ、明示または黙示の指示によって業務に従事する時間は労働時間にあたると説明されています。

そして、使用者の指示により、事業場内で行う業務に必要な準備行為として、着用を義務づけられた所定の服装への着替えなども、労働時間に該当する例として挙げられています。

ただし、これは「着替えは必ず労働時間である」という意味ではありません。実際に労働時間にあたるかどうかは、その職場での指示や実態によって個別に判断されます。今回の施設の就業規則がどうなっていたか、制服の扱いがどうやったかを、ワイは確認していません。

だから、この記事では「7時前に着替えを終えていなければ法律違反」とは書きません。逆に、「無給で早く来る義務があった」とも書きません。どちらも、ワイが判定できることではないからです。

出典:厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(2026年9月確認)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/070614-2.html

駐車場到着ではなく、7時に必要な業務が始まったか

制度の話をどう当てはめるかは職場ごとに違います。だからこそ、現場で見るべきものは別にあると思っています。

駐車場に何時に着いたか、ではありません。7時から必要やった食事介助に、その時刻から人が入れていたかどうかです。

今回、ワイが確認できているのはこうです。早出の開始は7時。駐車場へ来るのは6時58分か59分。食事介助へ入るのは7時10分ごろ。そのあいだ、夜勤明けの職員が担当を続けていた。

この並びには、法律の判定は一つも入っていません。それでも、現場で何が起きていたかは十分に分かります。

遅刻の呼び方より、誰が穴を埋めたかが現場には残る

「あれは遅刻か、遅刻ではないか」という議論は、やり出すとどこまでも続きます。そして、たいてい結論が出ません。

その議論をしている間も、現場では朝が進んでいます。

結局、後に残るのは呼び方ではなく、埋めた人の労働です。7時から7時10分ごろまで食事介助を続けた人がいた。ゴミ捨てへ行けなかった人がいた。それは、遅刻と呼ぼうが呼ぶまいが、なかったことにはなりません。

だから、この記事の見方はここに置きます。問題にすべきは時刻の判定ではなく、業務の移動先です。

何度注意しても直らないなら、個人への声かけだけでは業務を守れない

では、同じことが続く場合、現場としては何ができるのか。ここからは一般的な整理として書きます。当時の職場でこれを実際にやっていた、という話ではありません。

「また遅刻した」だけでなく、時刻と止まった業務を残す

報告が「また遅刻していました」で止まると、受け取った側にできるのは本人へ声をかけることだけです。そして声をかけて謝罪が返ってきたら、そこで一区切りになります。

残せるのは、もう少し具体的な形です。

「遅刻した」より具体的に残せること

  • その日の勤務開始が何時だったか
  • 実際に担当業務へ入ったのが何時ごろだったか
  • その間、どの業務が誰の担当になっていたか
  • 予定していて動かせなかった業務があったか
  • 申し送りの確認が済んでいたか
  • 注意した後の勤務でどうなったか

見ていない部分を書かないことも同じくらい大事です。時計を見ていないなら「10分」と断定せず、「7時10分ごろ」と残す。ワイがこの記事でずっと「ごろ」と書いているのと、理屈は同じです。

駐車場到着、業務開始、申し送り確認を分けて見る

そのうえで、時刻はひとまとめにせず分けて見たほうが整理しやすいと思います。

敷地に着いた時刻、打刻の時刻、実際に担当業務へ入った時刻。この三つは、同じ日でも別々にずれます。今回の話も、最初の一つだけを見れば「間に合っている」で終わってしまう。

そこへ申し送りの確認が済んでいたかどうかを足すと、勤務の入り方がだいぶ見えてきます。時刻だけでは分からない部分が出てくるからです。

人物評価を伝えるより、この並びを伝えるほうが具体的です。「時間にルーズな人です」と報告しても対応は決まりませんが、「7時開始の日に業務へ入ったのが7時10分ごろで、その間の食事介助は夜勤者が続けていました」なら、次に何をするかを考える材料になります。

観察した事実を記録へ残すだけで終わらせず、必要な相手へ届ける考え方は、介護の報連相で「記録に書いたから大丈夫」が危険な理由でも整理しています。

欠勤時に誰が食事介助、オムツ交換、待機を担うか決める

もうひとつは、穴が空いたときの決め方です。

厚生労働省は、介護現場の業務改善の取り組みとして、業務の明確化と役割分担、記録や報告様式の工夫、情報共有の工夫などを挙げています。今回の話に引き寄せると、誰が欠けたときに何が止まるのかを、あらかじめ分かる形にしておく、という話に近いと思います。

1人休んだときに、その人が入る予定やった食事介助、オムツ交換、フロアの待機を、誰がどう分けるのか。人が少ない日ほど、その場の判断だけで組み替えるのは難しくなります。

これは、遅刻や欠勤をする職員を守るための話ではありません。残った職員が、毎回その場の頑張りで埋めなくて済むようにするための話です。

出典:厚生労働省「介護サービスにおける生産性向上のための7つの取組」(2026年9月確認)
https://www.mhlw.go.jp/kaigoseisansei/what/effort.html

同じ注意を重ねて結果が変わらないなら、方法を見直す

今回の現場では、注意はされていました。本人も謝ることはありました。それでも、入社してからずっと同じ状態が続きました。

同じやり方を何度も使って同じ結果が返ってくるなら、そのやり方だけでは足りていない、ということになります。注意を一回足しても、たぶん結果は同じです。

もちろん、どうすれば必ず改善するか、なんてワイには書けません。そんな方法があるなら、あの現場でとっくに使われていたと思います。

それでも言えるのは、勤怠の扱いは職場の就業規則や管理する立場の判断の範囲やということです。同じ勤務帯の職員同士が声をかけ合うだけで解決する形になっていると、そこで詰まります。

一職員が怒りながら穴を埋め続ける形には限界がある

最後にもうひとつ。これはワイ自身の話でもあります。

穴が空くたびに、その場にいる職員が黙って埋める。何度かはできます。ただ、それが標準になると、埋める側に何が残るか。

怒りが残ります。そして、そのうち諦めが来ます。ワイもどこかで「まあ、いつものことか」になっていました。

その状態は、職場としては何も解決していません。誰も声を上げなくなって、状況だけがそのまま続く。埋め続ける人の負担は記録に残らないまま、シフトは翌日も同じ形で組まれます。

健康面の事情が疑われる場合も同じで、同僚が判断することはできません。できるのは、確認できた事実を管理する立場へ渡すところまでです。個人への声かけで背負わせ続ける形には、どこかで限界が来ます。

まとめ|遅れた10分より、誰かが埋め続けた時間が残る

早出の開始は7時。駐車場へ来るのは6時58分か59分。そこから着替えて、食事介助へ入るのは7時10分ごろ。その間、夜勤明けのワイが食事介助を続けていました。

その日の早出が1人しかいない日でも同じで、申し送りの確認も済んでいませんでした。日勤が8時30分の日に、遅出の開始時刻である9時30分ごろ来ることもありました。

注意されると「すみません」と謝ることはありました。それでも、入社してからずっと同じ状態が続いた。体調不良での欠勤も何度もあって、人の少ない日曜日に穴が空くと業務は回りませんでした。オムツ交換に入ってもらえず、ゴミ捨てへ行く間にフロアで待機する職員もいない。そういう朝が、何度もありました。

パチンコ店の件については、見かけた職員本人から直接聞いた、というところまでです。ワイは見ていないし、仮病やったとも書きません。

そして、こうして並べ直してみても、やっぱりイライラします。そこは正直に置いておきます。

ただ、この記事で残したいのは「遅刻した本人が悪い」ではありません。問題は時計の数字ではなく、その時間の仕事を誰が抱えていたかです。10分でも1時間でも、仕事は消えず、その場にいる職員へ移る。移った先の労働は、勤務表のどこにも書かれません。

勤務表どおりに人が来ない日は、どこの現場にもあります。そのときに、残った職員が黙って埋めるのが当たり前になっている形だけは、変えていかんとあかんのやと思います。

この記事は、筆者が実際に経験した介護現場の出来事をもとに書いています。施設名や個人が特定される情報は伏せています。遅刻や欠勤の正確な回数は記録していないため書いていません。体調不良の具体的な内容や病名、受診の有無は確認していません。パチンコ店で見かけたという話は、目撃した職員本人から筆者が直接聞いた伝聞であり、筆者自身が見たものではありません。仮病であったとも、勤務時間中に遊技していたとも断定していません。着替えなどの準備行為が労働時間に該当するかどうかは、その職場での指示や実態によって個別に判断されます。実際の勤怠の取り扱いは、勤務先の就業規則と管理者の判断に従ってください。

この記事、もし「読んでよかった」と思ってもらえたなら——
夜勤明けのワイに、コーヒー一杯だけ奢ってもらえませんか。
それだけで、次の記事を書く燃料になります。

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