夜勤介護マンの日記

介護現場で感じたことを、体験ベースで書いています

「ただ今帰ってまいりました」食堂から自分の部屋へ戻るだけの場面で聞こえた、忘れられない一言

この記事は、夜勤介護マンが実際の介護現場で経験、見聞きした出来事をもとに書いています。個人や施設が特定されないよう配慮しています。特定の利用者さんや職員を批判したり、笑いものにする目的の記事ではありません。ご本人の状態や背景について、ワイが確認できていないことは書いていません。
現場エピソード

何でも実況する利用者さん。介護施設には、その人だけの「いつもの日常」がある

20年以上経った今も覚えている、大事件でも何でもない一場面の話

夜勤介護マン
夜勤介護 × 家族介護

介護の現実は、きれいごとだけでは分からない。

現場で起きたこと、夜勤者の判断、家族が抱える迷いを実録でお届けします。

夜勤介護と家族介護の実録を読む

▷ この記事で分かること

  • 自分の行動を何でも実況していた男性利用者さんの思い出
  • 「ただ今帰ってまいりました」「トイレに行きます」という二つの言葉
  • 毎日聞くうちに職員の中で「いつもの光景」になっていったこと
  • 介護施設が、利用者さんにとっては生活の場でもあること
  • 介助した場面以外にも、介護職の中に残る記憶があること
  • 20年以上経った今も覚えている、何気ない一言の話

「ただ今帰ってまいりました」

その声を、ワイは何回聞いたか分からへん。

以前働いていた介護施設に、男性の利用者さんがいた。食堂から自分の部屋へ帰る時、その方はいつもこう言うてた。

どこか遠くから戻ってきたわけやない。同じ建物の中を、食堂から居室まで移動しただけや。それでも本人は、きっちり声に出していた。

トイレへ行く時もそうやった。

「トイレに行きます」

誰かに止められていたわけでもないし、いちいち言わなあかん決まりがあったわけでもない。ただ、その方は自分がこれからすることを、何でも実況するような人やった。

毎日のように聞いていたから、職員のワイらにとっては、それが珍しい出来事ではなくなっていた。事故でもないし、急変でもない。ただの日常の一コマや。

それやのに、20年以上経った今でも、ワイはこの二つの言葉を覚えている。今回は、そういう話を書く。

「ただ今帰ってまいりました」――食堂から自分の部屋へ戻るだけの場面で

まず、場面から書く。

食堂から、自分の部屋へ帰る。介護施設ではごく当たり前の動線や。多くの施設で食堂はホールを兼ねていて、利用者さんが日中に過ごす場所になっている。そこから居室へ戻るというのは、一日の中で何度も起きることや。

その移動の時に、その方は「ただ今帰ってまいりました」と言うてた。

この言葉、改めて考えると不思議な言い回しやと思う。普通は、外から自分の家に帰ってきた時に使う言葉や。それを、同じフロアの中を移動する場面で使う。

しかも、かなり丁寧な言い方やった。「ただいま」やなくて「ただ今帰ってまいりました」。省略なしの、きちんとした形になっている。

ここでワイが正直に書いておきたいのは、この言葉が誰に向けられていたのか、ワイには分からへんということや。

部屋に向かって言うてたのか。近くにいる職員に向けてやったのか。それとも、誰に言うでもなく声に出していただけなのか。当時のワイは、そこを深く考えたことがなかった。今になって思い返しても、確かめようがない。

本人がどういうつもりでその言葉を使っていたのかも分からへん。聞いたことがないからや。

介護の現場では、利用者さんの言動に理由を探したくなる場面がよくある。なんでこう言うんやろ、なんでこの時間に落ち着かへんのやろ、と考える。それは仕事として必要なことでもある。

ただ、この方の「ただ今帰ってまいりました」については、ワイは理由を探した記憶がない。困りごとでもなかったし、誰かが困っていたわけでもない。だから、そういう人なんやなというところで止まっていた。

今もそれ以上のことは書けへん。書けるのは、その場面と、その言葉だけや。

トイレへ行く時も「トイレに行きます」

もう一つ覚えているのが、トイレへ行く時の言葉や。

「トイレに行きます」と、その方は言うてた。

これも、よう考えたら妙な話やと思う。トイレへ行くというのは、人間が一日に何回もする、いちばん当たり前の生活動作や。誰も宣言せえへん。黙って行って、黙って戻ってくる。それが普通や。

それを、その方は言葉にしていた。

ここでも、理由は書かへん。職員に許可を求めていたのか、報告しているつもりやったのか、そもそもそういう意識が全然なかったのか、ワイには判断がつかへんからや。本人に聞いたこともないし、聞いた誰かの話を覚えているわけでもない。

ただ、介護の現場にいる人間からすると、この言葉には少しだけ引っかかるところがある。

普段、排泄の話は職員の側から出ることが多い。そろそろトイレに行きませんか、と声をかける。定時の誘導に入る。そういう形で、こちらから働きかける場面のほうが圧倒的に多い。

この方の場合は、その向きが逆やった。こちらが聞く前に、本人のほうから出てきていた。

それが結果として何かの役に立っていたのかというと、正直、そこまでの記憶はない。「ああ、行くんやな」と思って見ていた程度や。特別に助かったとも、困ったとも思っていない。

一つ言えるのは、この二つ目の言葉があることで、その方の言い方の輪郭がはっきりするということや。

「ただ今帰ってまいりました」だけやったら、たまたま出た挨拶とも受け取れる。でも、トイレへ行くという場面まで言葉になっている。となると、これは特定の場面に限った話やなくて、自分の行動を口に出す人やったということになる。

ワイの記憶に残っているのは、この二つだけや。他に何を言うてたかまでは覚えてへんから、ここには書かへん。

毎日聞いていた職員には、それが「いつもの光景」やった

ここからは、聞いていた側の話になる。

最初に聞いた時にどう思ったか、実はよう覚えてへん。何かしら思ったんやろうけど、そこは残ってへん。

覚えているのは、そのうち何とも思わんようになったということや。

介護施設というのは、同じことが毎日繰り返される場所や。起床の時間、食事の時間、入浴の曜日、就寝の流れ。だいたい決まった形で一日が回っていく。その繰り返しの中に、利用者さん一人ひとりの繰り返しも混ざってくる。

この方の「ただ今帰ってまいりました」も、その一つやった。

毎日聞いていると、聞こえてはいるけど、意識には引っかからんようになる。廊下の向こうから聞こえてきても、手を止めて振り返るようなことはない。今日も言うてるな、くらいの感じで、そのまま自分の仕事を続ける。

これを冷たいと言われたら、そうかもしれん。ただ、現場の感覚としては、そうなるほうが自然やと思う。

職員が敏感に反応するのは、いつもと違うことが起きた時や。いつも自分で歩いていた人がふらついた。いつも完食する人が半分残した。いつも静かな人が落ち着かへん。そういう変化には、すぐ反応する。

逆に言えば、変わらへんものは背景に沈んでいく。この方の言葉も、だんだんそっち側に入っていった。

当時のワイは、これを後々まで覚えているような場面やとは思ってへんかった。特別視した記憶がまったくない。むしろ、思い出すのは仕事の合間の何でもない時間のほうや。

そこは正直に書いておきたい。あの頃のワイは、この方の言葉を大事なものとして受け取っていたわけやない。ただ、そこにあるものとして聞き流していた。

職員には見慣れた日常でも、家族には不安に見えることがある。そうした見え方の差は、夜勤中に聞こえた謎の音と家族の不安のギャップでも書いている。

介護施設にも、その人だけの生活のリズムがある

ここで、少し見る角度を変えてみる。

職員から見ると、食堂から居室への移動は業務の中の一場面や。見守りの対象であり、必要なら介助に入る場面でもある。記録の上でも、生活の流れの一部として扱われる。

でも、歩いている本人からすると、それは業務やない。ただ自分の部屋に帰っているだけや。

この違いは、思っているより大きいと思う。

介護施設は、職員にとっては職場や。八時間なり十六時間なりを過ごして、終わったら帰る場所。けれど利用者さんにとっては、そこが生活の場になっている。朝起きて、飯を食って、風呂に入って、夜になったら寝る。その全部が、あの建物の中で完結している。

「帰ってまいりました」という言葉が出てくること自体が、そのへんを表しているのかもしれん。

もっとも、これはワイの受け取り方でしかない。本人があの部屋を「帰る場所」やと思っていたかどうかは、確かめようがない。そう決めつけて書くのは違うと思う。

ただ、言葉としては「帰る」が選ばれていた。それは事実として残っている。

介護の仕事をしていると、どうしても業務の目線が強くなる。今日はこれとこれをやらなあかん、この時間までにここまで終わらせなあかん、という頭で動く。それ自体は必要なことや。回らへんかったら現場が止まる。

けど、その動線の一つひとつが、誰かにとっては生活そのものやという事実は変わらへん。食堂から部屋へ戻る短い移動も、その人の一日の中の一場面や。

その方が言葉にしていたおかげで、そのことが今も残っている。こっちが業務として見ていた場面に、生活の側の音が乗っていた、という感じやろうか。

施設の中にある何気ない日常は、安住アナ好きのお婆さんにおやつが集まった話にも残している。

介護職の記憶に残るのは、介助した瞬間だけやない

介護職の記憶に何が残るか、という話をしてみたい。

普通に考えたら、印象に残るのは大きな出来事のほうや。転倒、急変、救急搬送、看取り。そういう場面は確かに残る。ワイも忘れられへん場面がいくつもある。

入りたての頃のワイも、記憶に残るのはそういう場面やと思ってた。仕事の重さがそこにあると思ってたからや。

でも実際に長いこと続けてみると、どうもそれだけやない。

オムツ交換をした回数も、食事介助に入った回数も、入浴介助で汗だくになった日も、全部合わせたら数え切れへん。そのうちのどれが具体的に思い出せるかというと、意外と少ない。似た場面が多すぎて、一つひとつが溶けてしまう。

その代わりみたいにして、何気なく聞いていた一言のほうが、妙にくっきり残っていたりする

この方の「ただ今帰ってまいりました」が、まさにそれや。

介助として何かをした場面やない。技術を使ったわけでも、判断を迫られたわけでもない。ただ廊下ですれ違うくらいの距離で聞いていただけの言葉が、20年以上残っている。

なんでそうなるのかは、ワイには説明できへん。記憶の仕組みの話になると専門外や。

ただ、現場にいる感覚として言えるのは、介護職と利用者さんの関わりは介助の場面だけやない、ということや。移動の途中、食事が始まる前の待ち時間、テレビがついているホールの端。そういう、何もしていない時間にも人は一緒におる。

そこで見聞きしたことが、後から残る。今のワイは、そう思っている。

利用者さんの一言が長く残った別の記憶は、「また来たか」と言ってくれた人の話にも書いている。

何気ない口癖が、その人を思い出す入口になる

この方のことを思い出す時、最初に出てくるのは名前やない。あの二つの言葉や。

「ただ今帰ってまいりました」と、「トイレに行きます」。

そこから、あの施設の廊下や食堂の雰囲気がぼんやり戻ってくる。順番としては、言葉が先に来て、場面が後からついてくる感じになっている。

個人が特定されるようなことは、ここには書かへんし、書くつもりもない。この記事に残しておきたいのは、その二つの言葉だけで足りる。

人を思い出すきっかけというのは、たぶんこういう小さいものなんやと思う。

大きな出来事が入口になることもある。でも、それだけやない。口癖、決まった時間にする決まった行動、何回も聞いた一言。そういうもののほうが、人の輪郭に近いところにある気がする。

ここで気をつけたいのは、この話を大きくしすぎへんことや。

あの言葉に、その方の人生が詰まっていたとは思わへん。何かを教わったとも思わへん。そんな事実はない。

ワイが書けるのは、行動を言葉にする人やったということ、それを毎日聞いていたということ、そして今も覚えているということ。それだけや。

それで十分やと思っている。無理に意味を足したら、たぶん嘘になる。

その時は普通やったのに、20年以上経っても覚えている

この話でいちばん自分でも不思議なのは、時間の部分や。

当時は、毎日の光景やった。今日も言うてるな、で終わる話や。これが20年後まで残るとは、当然思ってへん。そんなことを考えながら仕事をしている職員はおらんと思う。

それが、実際には残っている。

この20年ちょっとの間に、介護の現場はけっこう変わった。制度も変わったし、記録の付け方も変わった。使う道具も変わった。ワイ自身が働く場所も変わっている。

覚えたことの中には、もう使わへんようになったものもある。逆に、当時は知らんかったことを今は当たり前にやっている。

そういう入れ替わりの中で、あの二つの言葉だけが特に手入れもせず残っていた。

思い出そうとして思い出したわけでもない。何かのきっかけでふっと出てくる。「そういえば、何でも実況する人がおったな」という感じで。

これを何かの教訓にまとめるつもりはない。ただの日常やったのに、なぜか残っている。その事実だけがある。

ちょっと悔しいのは、覚えているのが言葉のところだけやということや。もう少し他のことも覚えていられたらよかったのに、とは思う。けど、記憶は選んで残るもんやないから、しゃあない。

記録では拾いきれない、施設の日常の一コマ

介護の仕事には、記録がついて回る。

食事量、水分量、排泄の有無、入浴、バイタル、その日の様子。決まった項目を、決まった形で残していく。何かあった時に振り返れるようにするためでもあるし、職員同士で情報をそろえるためでもある。

記録は大事や。それがないと現場は回らへん。

記録と申し送りの役割は、介護で「記録に書いたから大丈夫」は危険な理由で別に整理している。

ただ、記録という仕組みは、必要なことを残すために作られている。その場の空気をそのまま写し取るようにはできてへん

言うておくと、この方の言葉が記録されていたかどうかを、ワイは知らん。書かれていたかもしれんし、書かれていなかったかもしれん。そこは覚えてへんから、どちらとも書けへん。

そのうえで思うのは、仮に「食堂から居室へ移動」と書かれていたとして、そこに「ただ今帰ってまいりました」の響きは入らへんやろうな、ということや。

これは記録の欠点やない。そういう役割のものやないというだけの話や。記録が空気まで全部書く場所になったら、たぶん現場が回らへんようになる。

その代わりに、こぼれた分は職員の中に残る。あるいは、残らずに消えていく。

ワイの場合、この方の言葉はたまたま残った。同じ時期に見ていた他の場面は、たぶんかなり消えている。何が残って何が消えるかを、こちらで選べるわけでもない。

だから、こうやって文章にしておく意味は少しあるんかもしれんと思っている。

利用者さん一人ひとりに、それぞれの「いつも」がある

この方には、この方の「いつも」があった。

同じように、他の利用者さんにも、それぞれの「いつも」がある。決まった席、決まった時間にする決まったこと、必ず口にする一言。長く一緒にいると、そういうものが見えてくる。

介護職の仕事は、その「いつも」の中に入っていくことでもある。

入りたての頃は、それが分からへん。どの人が何をいつもしているのか、何が普通で何がいつもと違うのかが判断できへん。だから最初は変化にも気づけへん。

慣れてくると、そこが分かってくる。この人はいつもこうやから、今日は違うな、と気づけるようになる。それは技術というより、時間をかけて覚えるものやと思う。

生活リズムや行動パターンを覚えることの利点と限界は、先読み介護でパターン外の要求に出会った話にも書いている。

ここで、あえて止めておきたいことがある。

この話を、介護の本質やとか、人を見るということやとか、そういう大きい言葉に変換したくなる。書いているとつい手が伸びる。でも、今回の材料でそこまで言うのは、盛りすぎやと思う。

実際にあったのは、食堂から部屋へ帰る時に言葉を口にする人がいて、職員がそれを毎日聞いていた、という話や。それ以上でもそれ以下でもない。

だからここでは、こう書くだけにしておく。人にはそれぞれの「いつも」があって、施設の中にもそれがちゃんとある、と。

20年以上介護を続けて、今も残っている一言

介護の仕事を20年近く続けてきて、手元に何が残ったかと考えることがある。

技術は残った。制度の知識も、それなりに増えた。夜勤の勘みたいなものもついた。数え上げれば、仕事として身についたものはいくつもある。

ただ、それとは別の場所に、人の記憶が残っている。

一緒に過ごした利用者さんの姿や。介助した場面もあるし、そうやない場面もある。名前が出てくる人もおれば、名前は出てこんけど場面だけ覚えている人もおる。

この方は、後者に近い。残っているのは、言葉と、それを聞いていた廊下の感じや。

正直に言うと、この記事を書きながら、もっと思い出せるんちゃうかと何回か粘ってみた。でも出てこんかった。無理に出そうとしたら、それは思い出やなくて作り話になる。だからやめた。

結局、書けるのは最初から分かっていた分だけやった。

「ただ今帰ってまいりました」と「トイレに行きます」。この二つが、20年以上経って手元に残っているものや。

少ないと言われたら少ない。けど、何もないよりはずっとええと思っている。

まとめ|介護施設には、その人だけの「いつもの日常」がある

以前働いていた介護施設に、自分の行動を何でも実況するような男性の利用者さんがいた。

食堂から自分の部屋へ帰る時は「ただ今帰ってまいりました」。トイレへ行く時は「トイレに行きます」。毎日のように聞いていたから、職員にとってはいつもの光景になっていた。

事故でもないし、急変でもない。誰かが困ったわけでもない。介護の記事にするような出来事ですらないかもしれん。

それでもワイは、20年以上経った今も、あの二つの言葉を覚えている。

介護施設で働いていると、どうしても業務の目線で一日を見てしまう。これも仕事のうちやから仕方ない部分がある。ただ、その一日は、利用者さんにとっては暮らしそのものや。

食堂から部屋へ戻る。トイレへ行く。その一つひとつに、その人だけのやり方がある。

もし今、介護の現場で働いている人が読んでくれているなら、明日ちょっとだけ意識してみてもええかもしれん。担当している人が毎日決まって口にする言葉が、たぶん一つや二つあるはずや。今は何でもない言葉に聞こえていても、何年か経ってから残るのは案外そっちのほうやったりする。ワイの場合はそうやった。

この記事で書いていないこと

この利用者さんの年齢、病名、要介護度、家族のことなど、ワイが確認できていない情報は書いていません。実況していた理由についても、本人に聞いたことがないため、推測での説明はしていません。本文で紹介した二つの言葉以外の発言も、記憶にないため書いていません。

よくある質問

この利用者さんは、なぜ自分の行動を口に出していたのですか。

分かりません。本人に理由を聞いたことがなく、誰かから聞いた記憶もないためです。許可を求めていたのか、報告のつもりやったのか、そういう意識はなかったのか、どれもワイには判断できません。分からへんことを、それらしく説明するのは避けています。

職員はこの言葉に対して、どう対応していたのですか。

特別な対応をした記憶はありません。困りごとではなかったので、やめてもらう必要もなかったですし、逆に何かを促していたわけでもありません。毎日聞いているうちに、いつもの光景として受け止めるようになっていました。

こういう何気ない場面も、介護職にとっては大事なのでしょうか。

大事かどうかを決める話ではないと思っています。ただ、結果として長く残るのは、介助をした場面だけやないというのは実感としてあります。ワイの場合は、廊下ですれ違う時に聞いていた言葉が20年以上残りました。

記事に書かれていない部分は、どうして省いているのですか。

個人が特定されないようにするためと、ワイ自身が覚えていないことを書かないためです。年齢や病名、家族のことなどは記事に必要でもありませんし、覚えていない部分を埋めて書けば、それは体験談ではなく作り話になってしまいます。

夜勤介護 × 家族介護

介護の現実は、きれいごとだけでは分からない。

現場で起きたこと、夜勤者の判断、家族が抱える迷いを実録でお届けします。

夜勤介護と家族介護の実録を読む
この記事は、筆者が実際の介護現場で経験、見聞きした出来事をもとに構成しています。個人や施設が特定されないよう、一部の情報を伏せています。記憶があいまいな部分、確認できていない部分は書いていません。特定の利用者さんや職員を批判したり、笑いものにする意図はありません。介護施設での対応や利用者さんへの関わり方は、その方の状態や施設の方針によって異なります。ご家族の施設での様子について気になることがある場合は、担当のケアマネジャーや施設の相談員へご相談ください。