夜勤介護マンの日記

介護現場で感じたことを、体験ベースで書いています

「殺される!」深夜1時の全盲女性が叫んだ真実 | 認知症の夜間せん妄と排泄訴えへの介護職のリアルな対応

この記事は、やきんかいごが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。

夜勤の廊下には、独特の匂いがある。
消毒液と、尿と、夕食の残り香と、それから——なんとも言えない「人の気配」が混ざり合った、あの匂い。
20年この仕事をしてきて、その匂いに慣れることはあっても、鈍くなることはなかった。
今夜も、その匂いの中で、おれは走ることになる。

📋 この記事でわかること

  • 全盲の利用者さんが「オシッコ出た」と繰り返し訴えても、パットがほぼ濡れていない——この状況の正体
  • 交換直後に「まだ替えてくれてない」と怒り出す認知症特有のメカニズム
  • 「殺される〜!」の叫びが意味するもの——恐怖なのか、訴えなのか
  • 現場のベテランが夜勤でこういう場面にどう向き合っているか、リアルな判断の流れ

コールが鳴り始めたのは、消灯から2時間後やった

時刻は午前1時を少し回った頃。
フロアはしんとしていた。廊下の蛍光灯が低く唸る音だけが、妙にくっきり聞こえる時間帯や。
他の利用者さんはほぼ入眠。夜勤の巡視を一周して、おれはナースステーションに戻ってきたところやった。

ピーン、ピーン。
コール音が鳴った。
モニターを確認する。215号室——田中さん(仮名)のお部屋や。

田中さんは80代の女性。
若い頃から緑内障を患っていて、今はほぼ全盲に近い状態。光の明暗だけかろうじてわかる、という程度やった。
認知症の診断もある。程度は中等度。日中は比較的穏やかやけど、夜間は混乱が強くなる傾向があった。
——要するに、夜勤帯で気を使う利用者さんの一人やった。

おれは立ち上がって、廊下を歩いた。
リノリウムの床が、靴底にねちっとくっつく感触。施設の夜はいつもこうや。床の温度が昼間より少し冷たくて、足音がよく響く。
215号室のドアを、ノックしてから開ける。

「田中さん、どうされましたか?」

部屋の中は真っ暗やった。
田中さんにとっては、明かりがあろうとなかろうと関係ない。おれが手元のライトをつけると、ベッドの上に田中さんが半身を起こして座っていた。
白い寝間着。細い肩。少し開いた口から、規則的な呼吸の音。

「……オシッコ、出ました」

か細い声やった。でも、確かにそう言った。

パットを確認すると——ほとんど濡れてなかった

「確認しますね」と声をかけてから、おれはパットをチェックした。
ベッドサイドのライトを当てて、ゆっくり確認する。

……濡れてない。
いや、正確に言えば、濡れてはいる。
でも、全体の1割にも満たない程度や。さらっとしたシミが少しついてるだけで、交換が必要なレベルとは言いにくかった。

こういう場面、介護やってたら何十回、何百回と経験する。
排泄の感覚がズレてしまう利用者さんは多い。特に認知症が進んでくると、「出た」という感覚と実際の状態が一致しなくなってくる。
しかも田中さんは全盲やから、自分で確認することもできひん。「出た気がする」という感覚だけが、彼女の中にある全てやった。

おれは少し考えた。
交換しなくていい状態ではある。でも——本人が強く訴えてる。
「出てませんよ」と言うのは簡単やけど、全盲の方にそれを納得してもらうのは、想像以上にむずかしい。見せることができひんからや。

「少し出てますね。交換しましょうか」

おれはそう言って、パットを交換した。
田中さんは「ありがとう」と言った。おれは「ゆっくり休んでくださいね」と言って、部屋を出た。

——廊下に出た瞬間、またコールが鳴った。

「まだ交換してくれてない」——その言葉の重さ

ピーン、ピーン。
215号室。

おれは思わず、廊下で一秒だけ立ち止まった。
「……今、出てきたとこやけど」
心の中だけでそう言って、踵を返す。

「田中さん、どうされました?」

田中さんの表情が、さっきと変わっていた。
眉間にしわが寄っている。口が少し尖っている。
わかる。これは「訴え」の顔や。

「オシッコ、まだ替えてくれてない」

——替えた。
さっき確かに替えた。
でも田中さんの中では、替えられていない。

これが認知症の恐ろしさや。
さっきの記憶が、もうない。
「替えてもらった」という安心感も、「ありがとう」と言ったことも、全部消えてしまっている。残ってるのは「オシッコが出た気がする」という感覚だけや。

おれはもう一度、パットを確認した。
——さっき替えたばかりやから、当然濡れていない。
「きれいですよ、さっき替えたばかりです」
そう伝えた。

田中さんの顔が、さらに歪んだ。

「そんなことない。濡れてる。絶対濡れてる」

声に、怒りが混じり始めていた。

何度対応しても、納得はされなかった

それからの1時間は、消耗戦やった。
おれは5分おきに215号室を行き来した。
コールが鳴る。確認する。「替えました」と伝える。部屋を出る。また鳴る。

廊下を歩くたびに、靴底がリノリウムに吸い付く音が聞こえる。ステーションに戻るたびに、モニターの光が目に刺さる。
体は動いてる。でも頭の中に、じわじわと疲弊が溜まっていく感覚があった。

「田中さん、さっき替えましたよ」
「替えてない」
「確認しますね——きれいですよ」
「嘘や。信用できひん」

この言葉は、きつかった。
「嘘つき」と言われてるわけやない。でも、信用されてないという事実は、ちゃんとおれの中に刺さった。
20年やってても、慣れることとダメージを受けないことは、別の話や。

田中さんが悪いわけやない。
田中さんの中では、本当に「替えてもらっていない」んや。
それが認知症という状態の現実で、誰かを責める話やない——頭ではわかってる。
でも、夜中の1時に、一人で、何度も「信用できひん」と言われ続けるのは、しんどい。

それが現場の、綺麗事で塗り固められへんリアルや。

そして、田中さんは叫んだ

6回目か、7回目か——もう数えるのをやめた頃やった。

「田中さん——」

殺される〜!!

突然の叫び声が、夜の施設に響いた。
おれは一瞬、体が固まった。
隣の部屋が起きる。廊下に気配がざわめく。

田中さんはベッドの上で身を縮め、両手で顔を覆っていた。
細い肩が、小刻みに震えている。

「殺される、殺される、助けて——」

おれは一歩、田中さんに近づいた。
声のトーンを、意識的に落とした。

「田中さん。おれやで。やきんやで。大丈夫やで」

田中さんの肩の震えが、少しだけ止まった。
でも、目は——見えない目は、おれの方を向いていなかった。

この人は今、どこにいるんやろう。
この部屋の中におるのか。それとも、おれには見えない、別の場所で誰かに追われてるのか。
全盲の田中さんの世界は、おれには永遠に覗けない。

「大丈夫やで」——その言葉が、どれだけ届いてるか

「田中さん。おれやで。やきんやで。大丈夫やで」

同じ言葉を、三回繰り返した。
声のトーンだけを意識しながら。低く、ゆっくり、急がずに。

田中さんの肩の震えが、少しずつ小さくなっていった。
「殺される」という言葉は、もう出てこなかった。
代わりに、細い嗚咽が聞こえた。泣いてはった。

おれはベッドサイドのパイプ椅子を引き寄せて、腰を下ろした。
田中さんの手の甲に、そっと自分の手を重ねる。
冷たかった。骨と皮だけみたいな、小さな手やった。

「怖かったな」

返事はなかった。でも、手に少しだけ力が入った。
それで、十分やった。

おれは15分、そこに座り続けた。
何も話さなかった。田中さんも話さなかった。
ただ、手を重ねたまま、夜の静けさの中に一緒にいた。

呼吸が整ってきた頃、田中さんはゆっくり横になった。
「……ありがとう」という声が、布団の中から聞こえた。
おれは「お休みなさい」と言って、部屋を出た。

廊下に出た瞬間、全身から力が抜けていく感覚があった。
壁に少しだけ背中を預けて、天井を見た。
蛍光灯が、変わらず低く唸っていた。

20年前の夜勤と、今の夜勤——何が変わったか

おれがこの仕事を始めたのは20代の前半や。
当時と今とで、夜勤の「形」はずいぶん変わった。
記録は手書きからパソコンになった。センサーマットが普及した。離床モニターもついた。インカムで連絡が取れるようになった。

でも——田中さんのような場面に直面したとき、おれたちがやることは20年前と何も変わってない。

椅子を引いて、座って、手を握る。
それだけや。

20年前、老健で夜勤デビューしたとき、先輩に言われた言葉がある。
「機械は人を安心させられへん。最後は人間やで」
当時は「そんなもんか」くらいにしか思ってなかった。
今は、骨の髄まで染みてる。

センサーが鳴っても、モニターが光っても——最終的に部屋に入って、声をかけて、手を握るのは、生身の人間しかできへん。
テクノロジーは「異変を知らせる」ことはできる。でも「怖い」を消すことはできひん。

田中さんが「殺される」と叫んだとき、センサーも、インカムも、何の役にも立たなかった。
役に立ったのは、おれがそこにいたことだけやった。

変わったこと、変わらへんこと——もう一つの現実

ただ、変わったことの中に、「悪い変化」もある。

20年前の施設は、今より人が多かった。
夜勤帯でも、ユニットに複数のスタッフが入ることが珍しくなかった。
田中さんみたいな場面があったとき、「ちょっと見ててくれるか」と声をかけられる人間が、フロアにいた。

今は違う。
夜勤は、多くの施設で1人か2人や。
おれが田中さんの部屋で15分座っている間、フロアの他の利用者さんには誰も目が届いていない。
その事実を、ずっと頭の隅に抱えながら、それでも座り続けるしかなかった。

「田中さんに15分使う」という判断は、「他の誰かへの対応が15分遅れる」という判断と、完全に同義や。

これが、誰も表立っては言わへん、夜勤の構造的な歪みや。
一人の利用者さんに丁寧に向き合うことと、全体の安全を守ることが、常にトレードオフになっている。

施設のパンフレットには「一人ひとりに寄り添ったケア」と書いてある。
夜勤1人体制で、それをやれと言う。
……笑えへん話やけど、笑うしかない場面が、現場には何度もある。

全盲×認知症——この組み合わせが持つ、構造的な孤絶

田中さんの状態を、もう少し冷静に解剖しておきたい。

認知症の方が夜間に混乱するのは、珍しいことやない。
「夕暮れ症候群」という言葉もあるくらいで、日没以降に不安や混乱が強まるのは、医学的にも説明がついてる現象や。

でも田中さんの場合、そこに「全盲」が重なっている。

考えてみてほしい。
おれたちが夜中に不安になったとき、何をするか。
部屋の明かりをつける。スマホで時間を確認する。窓の外を見る。
「今夜中やな」「ここは自分の部屋やな」と確認できるものが、視界の中にある。

田中さんには、それが一切ない。
昼も夜も、目を開けても閉じても、等しく暗い。
「今、何時なんやろ」「ここはどこなんやろ」を確認する手段が、音と感触しかない。

夜勤帯の施設は静かや。音が少ない。
スタッフの気配が遠くなる。
田中さんの世界では、その「静けさ」が「誰もいない」と直結する。
認知症で記憶の断片が飛んでいる状態で、真っ暗な世界の中に一人でいる。

「殺される」という叫びは、大げさな症状やない。
あれは、田中さんが感じていた恐怖の、正直な表現やった。

パットの交換がどうこうという話は、とうにどこかに消えていた。
あの叫びの根っこにあったのは、「誰もいない暗闇の中に、一人で取り残されている」という、底のない恐怖やったと思う。

「なぜパットを気にするのか」——排泄訴えの本当の意味

もう一つ、プロとして言っておきたいことがある。

田中さんが繰り返し「オシッコ出た」と訴えていたことについてや。

現場の経験が浅いスタッフは、これを「認知症のせいで感覚がおかしくなってる」と片づけがちや。それは半分正しくて、半分足りない。

排泄の訴えは、多くの場合「不快感の代替表現」やと、おれは思っている。
「不安や」とか「怖い」とか「誰かそこにいてくれ」という感情を、言葉として出せない状態のとき——人は「オシッコ出た」「痛い」「寒い」という、具体的な不快の言葉で訴えようとする。

全盲で暗闇の中にいて、誰の気配もなくて、自分が今どこにいるかもわからなくて——その不安を、田中さんは「オシッコが出た気がする」という訴えに変換していたんやないか。
パットを替えてほしかったんやない。
誰かに来てほしかったんや。

これを「問題行動」として処理してしまうか、「なにか伝えようとしてる」として受け取るか。
その差が、ケアの質を決定的に分ける。

おれが何度対応しても「まだ替えてない」と言い続けたのは——田中さんがおれに「まだここにいてほしい」と伝え続けていたからやったのかもしれない。
20年やってきて、そう思うようになった。

業界が絶対に口にせえへんこと

最後に、一番しんどい話をする。

田中さんみたいな状態——夜間せん妄が強く、コールが頻繁で、対応に時間がかかる利用者さんは、施設にとって「コストが高い存在」になる。

誰もそんな言い方はせえへん。
「大切な利用者様」「寄り添ったケアを」という言葉は、いくらでも出てくる。
でも現実として、夜勤1人体制のフロアで、1人の利用者さんに15分×何回も対応していたら、他が回らへん。
翌朝のカンファレンスで「夜間対応が大変で」と報告すると、「何か工夫できないか」という話になる。
工夫って、何や。
人を増やす話には、なかなかならへん。

「夜間の訴えが強い利用者さんへの対応」を、個々のスタッフの「スキル」や「工夫」で解決しようとするのが、今の介護業界の構造や。
本来はシステムの問題やのに、現場の問題として処理される。
そのしわ寄せが、夜中に一人で廊下を行き来するスタッフに、全部乗っかってくる。

田中さんは悪くない。
おれも悪くない。
でも、誰かがしんどい思いをしている。
その構造が20年間、何も変わっていない。

夜勤明け——おれが持って帰ったもの

朝の引き継ぎを終えて、施設の玄関を出た。
5月の朝やった。空が白くて、どこかの家から朝ごはんの匂いがした。
トーストか、味噌汁か——よう覚えてない。ただ、「普通の朝の匂い」やなと思ったことだけは覚えてる。

おれは駐車場で少しの間、ぼんやりと立っていた。
体は疲れてた。でも眠れる気がしなかった。

頭の中に、田中さんの手の感触が残っていた。
骨と皮だけの、冷たい手。
あの手が、少しだけおれの手を握り返してきた、あの感触。

介護の仕事をしてると、こういうものを持って帰る日がある。
感情でも、疲労でも、後悔でもない、何か別のもの。
うまく言葉にできひんけど——強いて言えば「重さ」や。
誰かの夜に、少しだけ立ち会った、という重さ。

それが嫌やとは思わへん。
でも軽くもない。
20年間、それを持って帰り続けてる。

翌日のカンファレンス——現場と管理の温度差

次の出勤日、朝のカンファレンスで田中さんの夜間対応を報告した。

「コールが頻回で、最終的に『殺される』と叫ばれました。手を握って15分ほど傍にいたら落ち着かれました」

フロアリーダーが頷いた。
「お疲れ様でした。ご家族への報告はどうしましょうか」
「夜間の興奮が強くなってきてるので、主治医への相談も必要かと思います」
「そうですね、ケアマネに確認してもらいます」

——5分で、次の議題に移った。

別に、それを責める気はない。
カンファレンスはそういう場所や。事実を共有して、次の対応を決める。感情を消化する場所やない。
でもおれの中で、あの夜の密度と、この5分間の処理速度の落差が、ひっかかった。

田中さんの「殺される」が、記録上は「夜間興奮あり、傍に寄り添い対応。入眠確認」という一行になった。
事実としては正しい。
でも、あの夜の全部を、その一行には入れられへん。

記録は大事や。でも記録に収まらないものを、現場は毎夜積み上げてる。
その「記録に収まらない部分」を抱えてるのが、介護職という仕事やとおれは思ってる。

家族への報告——「大変でしたね」の向こう側

数日後、田中さんの娘さんが面会に来た。
60代くらいの、きちんとした服装の女性やった。
担当者から夜間の状況を聞いて、おれのところに来てくれた。

「先日は大変お世話になりました。母が怖い思いをさせてしまって……」

怖い思いをさせてしまった、という言葉を、娘さんは田中さんに向けて使った。
スタッフに迷惑をかけた、やない。
母が怖かったやろう、という意味で言ってくれた。

おれは少し、胸が緩んだ。

「田中さんはすごく頑張ってはりますよ。怖かったと思います。でも、ちゃんと落ち着かれましたから」

娘さんは「見えない分、不安が強いんでしょうね」と言った。
「昔から怖がりな人で。父が生きてた頃は、夜中に怖いと言うたら父が手を握ってたんです」

——そうか、と思った。
田中さんには、夜中に手を握ってくれる人が、ずっといたんや。
その人がいなくなって、施設に入って、おれたちが代わりをしてる。
「代わり」というと語弊があるけど——でも確かに、その役割の一端を、おれたちが担ってる。

それが重荷やとは思わへん。
むしろ、それが介護の仕事の本質の一つやと思ってる。

「あなたの大切な人が、夜中に叫んでいたら」

ここで少し、読んでくれてる人に問いかけたい。

あなたのお父さん、お母さん、あるいはパートナーが、施設の夜中に「殺される」と叫んでいたとして——それをどう受け取るか。

「認知症が進んでるから」「夜は混乱するから」と聞かされたとき、それで納得できるか。
もしくは、「夜中にそんな状態になるなら、もっとちゃんと見てほしい」と思うか。

どちらの感情も、おれは正しいと思う。
家族やねんから。

でも同時に、知っておいてほしいことがある。

夜中に施設で一人、廊下を走り回りながら、「殺される」という叫びに駆けつけて、15分手を握り続けてるスタッフがいる。
その人は、同じ時間に他の20人の利用者さんも抱えてる。
給料は、その仕事量に見合ってないことが多い。
翌朝には「お疲れ様でした、じゃあ次の議題」と流される。

それでもその仕事を続けてる人間が、施設の夜を守ってる。

「もっとちゃんと見てほしい」という気持ちは、正当や。
でもその言葉が向かうべき先は、現場のスタッフやなくて——そういう体制を放置してきた、もっと大きな何かのはずやとおれは思う。

20年やってきて、今も続けてる理由

たまに聞かれる。
「なんでそんなしんどい仕事、続けられるんですか」と。

正直に言う。
「やりがいがあるから」とか「誰かの役に立てるから」とか、そういうきれいな答えは半分しか本当やない。

おれが続けてる理由の、残りの半分は——「田中さんの手が、握り返してきたから」みたいなことの積み重ねや。

言葉にできひん。
数字にも、記録にも、残らへん。
でも確かに、あった。

夜中に一人で廊下を行き来して、怒られて、叫ばれて、それでも部屋に入って椅子を引いて座って——その末にある、あの「少しだけ力が入る」感触。
あれが、おれをここに繋ぎとめてる。

それは報酬やない。達成感とも違う。
なんやろな……「ここにいてよかった」という、静かな確信みたいなもんや。

20年でそれが何百回あったか、数えられへん。
でも一回一回を、おれはまだ覚えてる。

田中さんは今も、夜中に誰かの手を必要としてる

田中さんのコール頻回は、その後も続いた。
劇的に改善した、という話やない。
主治医に相談して、夜間の不安が強い時間帯に向けたアプローチを少し変えた。声かけのルーティンを作った。担当者間で情報を共有した。
それで少し、マシになった。少し、やけど。

田中さんは今日も、どこかの夜の中にいる。
暗い世界の中で、音と感触だけを頼りに、今が何時なのか、ここがどこなのかを探しながら。

そしておそらく、また誰かのコールを押す。
「オシッコ、出ました」と言う。

それはパットの話やない。
「誰か、来てくれ」という、田中さんの言葉や。

おれたちはその声に、今夜も応える。
廊下を歩いて、ドアをノックして、椅子を引いて、手を握る。
センサーでも、AIでも、どんな最新機器でも——そこだけは、変わらへん。

20年前も、今も、これからも。
その仕事をしてる人間が、介護職や。

同業者へ——「しんどい」を「おかしい」にすり替えるな

この記事をここまで読んでくれてる人の中に、同じ現場で戦ってる介護職の人がおると思う。
そっちに向けて、少し話させてくれ。

田中さんの夜のような場面——「何度対応しても納得してもらえない」「怒られる」「叫ばれる」——そういう経験をしたとき、あなたはどう処理してきたか。

「自分の対応が悪かったんかな」
「もっとうまくやれたんちゃうか」
「この仕事、向いてへんのかな」

そう思ったことがある人、正直に言う。
それ、全部まちがいや。

あなたが悪いんやない。
あなたのスキルが足りひんわけやない。
構造がおかしいのに、個人の問題にすり替えられてるだけや。

夜勤1人体制で、認知症の利用者さんに何度も怒られて、「殺される」と叫ばれて——それでも部屋に飛び込んで手を握れてるなら、あなたは十分すぎるほどプロや。
「もっとうまくできたはず」と思う必要は、ない。

しんどいのは、あなたが弱いからやない。
しんどい状況に置かれてるからや。
その2つを混同したまま働き続けると、いつか本当に折れる。

明日から使える、折れない心の作り方

精神論は書かへんと言った。本当のことだけ書く。

①「完璧に対応できた」を目標にするな

田中さんの夜、おれは完璧な対応なんてしてない。
何度も部屋を行き来して、消耗して、最終的に「手を握って座ってた」だけや。
でもそれで田中さんは落ち着いた。

「正解の対応」を探すのをやめろ。
代わりに「その場でできる最善」を選び続けろ。
最善は、完璧やない。でも、その場にいてできることをやった、という事実は残る。
それで十分や。

②怒られた記憶と、感謝された記憶を、同じ引き出しに入れるな

人間の脳は、嫌な記憶を優先して保存しようとする。
「殺される」と叫ばれた記憶は鮮明に残って、「ありがとう」と言われた記憶は薄れていく。
これは性格の問題やなくて、脳の仕組みや。

だからこそ意識的に、「今日うまくいったこと」を一個だけ思い出して帰れ。
夜勤明けの駐車場で、車に乗る前の30秒でいい。
「田中さん、最終的に落ち着いてくれた」それだけでいい。
それを積み重ねると、折れにくくなる。

③「伝わらなかった」と「伝えた」は、別物や

田中さんに「さっき替えましたよ」と何度言っても、伝わらなかった。
でも、おれは確かに伝えた。
伝わらないことと、伝える努力をしなかったことは、まったく違う。

認知症ケアで一番やってはいけないのは、「どうせ伝わらへんから」と声をかけるのをやめることや。
伝わらなくていい。でも、伝え続けることが、ケアの本体や。
それを忘れへんうちは、あなたはまだプロとして立ってる。

家族の方へ——「もっとちゃんとして」の前に知ってほしいこと

施設に大切な人を預けてる家族の方にも、一つだけ言わせてほしい。

「夜中に叫んでたなんて知らなかった」
「もっとちゃんと見ててほしかった」

その気持ちは、正当や。家族やねんから当然や。
でも、夜中にその叫びに駆けつけて、手を握って、15分座り続けてたスタッフがいたことも、知っといてほしい。

そのスタッフは同じ時間に、他の20人の利用者さんも抱えてた。
明けたら記録を書いて、引き継ぎして、「お疲れ様でした」で家に帰った。
給料は、その仕事量に見合ってないことがほとんどや。

「もっとちゃんとして」という言葉を向けるなら——現場のスタッフやなくて、そういう体制を20年放置してきた社会全体に向けてほしい。
現場の人間は、今日も全力でやってる。

夜勤明けの俺に、コーヒー一杯だけ奢ってくれへんか

ここまで読んでくれて、ありがとう。
1万文字、付き合ってくれた人に、一個だけお願いがある。

このブログは、おれが夜勤明けの眠たい頭で、現場の本音を書き続けてる場所や。
綺麗事は書かへん。現場で実際に起きたことだけ書く。
それを続けるために、正直、ちょっとだけ支援してもらえたら嬉しい。

夜勤明けのコーヒー一杯分——300円でも500円でも。
「あの記事、読んでよかった」と思ってくれたなら、その気持ちをここに置いていってくれたら、おれはまた書ける。

☕ やきんかいごにコーヒーを奢る

別に奢らんでもええ。
読んでくれただけで、十分や。
でも、もし「このブログを続けてほしい」と思ってくれてるなら——その気持ちが、おれが夜勤に行く理由の一つになる。

最後に——田中さんの手のことを、おれはまだ覚えてる

この記事を通して、おれが一番伝えたかったことを、最後に一つだけ言う。

「殺される」という叫びは、症状やない。
「オシッコ出た」という訴えは、パットの話やない。
あれは全部、「誰か、ここにいてくれ」という声やった。

その声に、今夜も誰かが応えてる。
廊下を走って、ドアをノックして、椅子を引いて、手を握って。
給料には表れへん時間を使って、記録には残らへん何かを、利用者さんに渡してる。

同業者のあなたへ。
今日も現場に立ってくれて、ありがとう。
怒られても、叫ばれても、部屋に入り続けてくれてるあなたが、介護という仕事を支えてる。
折れそうになったら、この記事を思い出してくれ。
おれも、同じ夜の中にいる。

家族のあなたへ。
大切な人の夜を、知らない誰かが守ってる。
その人たちのことを、たまに思い出してくれたら、それだけで十分や。

田中さんの手が、握り返してきたあの感触——おれはまだ、右手に覚えてる。
それがある限り、おれはまだここで書き続けられる。

また夜勤行ってくるわ。

📝 やきんかいご / 介護福祉士・現場歴20年以上

老健・有料老人ホームでの実体験をもとに、介護の現実を関西弁で書き続けています。

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