この記事は、夜勤介護マンが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。
介護の世界に入って、もう20年になる。
病院、専門学校、老健、特養——いくつもの現場を渡り歩いてきた。たくさんの利用者さんと関わって、たくさんの「夜」を越えてきた。
その中で気づいたことがある。
介護の仕事で一番怖いのは、「見えない現実」や。
転倒とか、誤嚥とか、そういう目に見えるリスクやない。
本人の中にしか存在しない「現実」——それに気づかんまま対応してしまうことが、一番怖い。
今日はそんな話をしようと思う。
痔の話や。
笑うな。これは笑い話やない。
📋 この記事でわかること
- 痔の異物感が「便が出ている」という確信に変わるメカニズム
- 利用者さんの訴えを「また言うてる」で片付けることの危険性
- 身体の小さな異変が認識をどこまで変えてしまうか
- 夜勤介護士が「見えない現実」にどう向き合うべきか
- 20年現場で見てきた「信じてもらえなかった人たち」の話
- ■ 夜中の2時、ナースコールの向こうで
- ■ でも、何も出てなかった
- ■ 「感覚」には、必ず「原因」がある
- ■ 介護現場で「おかしい」と片付けることの怖さ
- ■ 「見えない現実」に向き合うということ
- ■ 20年前の夜勤と、今の夜勤
- ■ 「慣れ」という名の職業病
- ■ 構造的な問題——「夜勤ひとり」の現実
- ■ 記録は残る、でも「気づき」は残らない
- ■ 「申し送り」が伝えられないもの
- ■ 変わったこと、変わらなかったこと
- ■ 夜勤明けの食卓
- ■ プロ同士が口にしないこと
- ■ 手が覚えていること
- ■ 腰が悲鳴を上げる夜
- ■ 狂気の時間帯
- ■ 平穏の不気味さ
- ■ 苦しんでいる同業者へ、まず言わせてくれ
- ■ 明日から使える、折れないための具体論
- ■ 利用者さんの家族へ
- ■ 夜勤明けのコーヒー一杯分の話
- ■ 最後に——痔の話が教えてくれたこと
■ 夜中の2時、ナースコールの向こうで

夜勤中、ナースコールが鳴ったのは午前2時をまわったころやった。
施設の夜は独特の静けさがある。昼間の喧騒が嘘みたいに、廊下には何も音がない。空調の低いうなりと、自分の足音だけ。消灯後の施設っていうのは、どこか時間が止まったみたいな感覚がある。
ナースコールが鳴ると、その静けさがスパッと切れる。
ワイはステーションを出て、廊下を歩いた。リノリウムの床が、靴底にわずかに張り付く感触。消毒液と、古い建物独特の空気が混じった匂いが鼻をかすめる。夜中の施設の匂いは、昼間とは微妙に違う。人が眠っている場所の匂いや。
部屋に入ると、Aさん——80代の女性——がベッドの上で身体を硬くしていた。
「出てる、出てる」
そう言うてた。
目はしっかり開いとる。意識も清明や。認知症の症状もそれほど強くない方やった。それやのに、強張った顔で繰り返す。
「出てる。漏れてる。早く」
■ でも、何も出てなかった
確認した。
オムツの中も、シーツも、身体も。
何も出ていなかった。
汚れは一切ない。においもない。パッドも、まったく汚染なし。
「Aさん、確認しましたよ。何も出てないです」
そう伝えると、Aさんは首を振った。
「そんなはずない。絶対出てる。感じてるんやから」
困った、と思った。でも同時に、ワイの中に引っかかるものがあった。
この人は嘘をついてるわけやない。
この人には、本当に「出ている」と感じる何かがある。
20年やっとると、そういう勘みたいなもんが働く。「訴えの裏に何かある」っていう感覚や。認知症による混乱とは、ちょっと違う。この人は今、はっきりとした根拠を持って訴えてる。
ワイはもう一度、丁寧に確認した。
■ 「感覚」には、必ず「原因」がある
結論から言う。
Aさんには、大きな痔があった。
肛門の外に脱出するタイプの痔核で、ちょうどその日、状態が悪化していた。腫れて、膨らんで、異物感が強くなっていた。
身体の外に何かが「ある」感覚。
何かが「出てきている」感覚。
それが、Aさんには「便が出ている」という確信に変換されていた。
考えてみれば、わかる話や。
人間の身体は、肛門付近に異物感があったら「何かが出た」と判断するようにできてる。それが生理的な反応や。脳が「これは便だ」と解釈してしまう。
Aさんは嘘をついてたわけやない。
混乱してたわけでもない。
ただ、身体が正直に「感じたこと」を脳に報告して、脳がそれを「便が出た」と翻訳しただけや。
そこには何の悪意も、認知の歪みも、ない。
あるのは、ただ——身体の小さな異変が生み出した、本物の「現実」や。
■ 介護現場で「おかしい」と片付けることの怖さ
正直に言う。
もしワイが新人やったら、あるいは疲れ果てた状態やったら、Aさんの訴えを「また言うてる」で終わらせてたかもしれん。
夜中の施設では、それが起きる。
何度も同じ訴えを繰り返す利用者さんに、スタッフが慣れてしまう。「この人はいつもこう言う」「認知症やから」「不安が強いだけ」——そういうラベルが貼られた瞬間、訴えの中身を精査しなくなる。
それが怖い。
今回みたいなケースで「何もない」と判断して放置したら、どうなるか。
痔が悪化する。炎症が広がる。最悪、感染を起こす。
本人は「信じてもらえなかった」という体験を積み重ねる。そして次第に、訴えること自体をあきらめていく。
介護現場で「あきらめた利用者さん」を、ワイは何人も見てきた。
何かを訴えても無視される、という経験が積み重なって、黙るようになった人たち。
その静けさは、穏やかさやない。絶望や。
■ 「見えない現実」に向き合うということ
Aさんのケースは、その後すぐに看護師に報告して、翌日には医師に診てもらうことができた。
処置を受けて、Aさんの状態は落ち着いた。
「やっと信じてもらえた」
そう言うてくれた。その言葉が、ワイの中にずっと残ってる。
「やっと」やで。
この一言に、どれだけのことが詰まってるか。
ワイらの仕事は、目に見えるものだけを扱う仕事やない。目に見えないもの——本人の中にしかない「感覚」や「現実」——に、ちゃんと向き合うことが求められる仕事や。
身体の小さな異変ひとつで、人の認識は大きく変わる。
それを「おかしい」と切り捨てるのは簡単や。でもその一言が、誰かの「最後の訴え」を潰すことになるかもしれん。
20年現場にいて、ワイが一番恐れてるのは、そういうことや。
■ 20年前の夜勤と、今の夜勤
Aさんの件が落ち着いた後、ワイはしばらくステーションで記録を書きながら、ぼんやりと考えていた。
20年前のことを。
ワイが介護の世界に入ったのは、まだ業界全体が「とにかく人手があればええ」という時代やった。資格も経験も、正直なところそこまで重視されてなかった。「体が動いて、夜勤に入れる人間」がいれば、それで回っていた。
今は違う、と言いたいところやけど——
正直なところ、根っこはあんまり変わってない。
形だけは整った。介護福祉士の資格制度も整備された。研修も増えた。記録の書き方も、ケアプランの立て方も、昔に比べたら格段に「それっぽく」なった。
でも夜中の2時に、ひとりで20人以上を見ている現実は変わってない。
ナースコールが鳴るたびに走る現実も、変わってない。
疲労が判断を鈍らせる現実も、20年前となにひとつ変わってない。
■ 「慣れ」という名の職業病
20年前、ワイが新人やったころ、先輩に言われた言葉がある。
「慣れたら一人前や」
当時のワイはそれを信じた。慣れることが成長やと思っていた。
今は違う考えを持ってる。
「慣れ」には二種類ある。
ひとつは、技術的な慣れ。身体介助がスムーズになる、緊急時に冷静に動けるようになる、記録が早く書けるようになる。これは本物の成長や。
もうひとつは、感覚の麻痺や。
利用者さんの訴えを「またか」と思う感覚。オムツ交換を流れ作業でこなす感覚。ナースコールの音を「負荷」として聞く感覚。
これが怖い。
Aさんのケースで言えば、「何も出てない、以上」で終わらせることが、この感覚の麻痺から生まれる。確認はした、汚れはなかった、記録に残した——それで終わり。
でもそれは、対応やない。処理や。
20年前のワイの先輩たちは、その処理をこなすことが「プロの仕事」やと思っていた節がある。感情を切り離して、淡々とこなす。それがベテランの証やと。
今のワイは、それを否定する。
感覚の麻痺は、プロフェッショナリズムやない。リスクの見落としや。
■ 構造的な問題——「夜勤ひとり」の現実
ここで、もう少し踏み込んだ話をしたい。
Aさんの訴えに気づけたのは、正直なところ、その夜がたまたま比較的落ち着いていたからや。
もしあの夜、他のフロアでも同時にナースコールが鳴っていたら。
もし転倒リスクの高い利用者さんがベッドから起き上がろうとしていたら。
もしワイが前の夜勤から続けて体が限界やったら。
Aさんへの対応は、「確認したけど異常なし」で終わっていた可能性が高い。
これは個人の問題やない。構造の問題や。
夜間の施設は、慢性的に人手が足りない。昼間と比べて、スタッフの数は半分以下になる。それどころか、規模によっては夜勤者がひとりという施設も珍しくない。
ひとりで20人、30人を見る。
その状況で「ひとりひとりの訴えに丁寧に向き合え」と言うのは、建前としては正しい。でも現実としては、物理的に不可能な場面が生まれる。
施設側はそれを知っている。
知っていて、その体制を続けている。
なぜか。コストやからや。夜勤者を増やせば人件費が上がる。介護報酬の枠の中で運営しようとすれば、夜間の人員を絞るのが一番手っ取り早い「コスト削減」になる。
これが、業界の構造的な不都合な真実や。
■ 記録は残る、でも「気づき」は残らない
もうひとつ、ワイが20年かけて見えてきたシステムの歪みがある。
記録の問題や。
今の介護現場は、記録を非常に重視する。ケア記録、バイタル記録、申し送り——あらゆる情報が書き残される。それ自体は悪いことやない。
でも、記録に残るのは「起きたこと」だけや。
「なんとなく気になった」「いつもと違う感じがした」「訴えの裏に何かある気がした」——こういう感覚は、記録に残らない。残しにくい。
Aさんのケースで言えば、ワイが最初の確認で「異常なし」と判断して終わらせていたら、記録にはこう残る。
「2時00分 ナースコール対応。排泄の訴えあり。確認するも汚染なし。本人に説明し入眠促す」
それだけや。
痔の悪化に気づいた経緯も、本人が「感じている現実」の重さも、そこには何も残らない。
引き継ぎで次のスタッフに伝わるのは、「排泄の訴えがあったけど汚染なし」という事実だけ。そしてそれが積み重なると、「Aさんは排泄の訴えが多い人」というラベルになる。
ラベルは一度貼られると、なかなか剥がれない。
20年前も、今も、この構造は変わっていない。むしろ電子記録になって定型文が増えた分、「感覚的な気づき」が記録に乗りにくくなった気すらする。
■ 「申し送り」が伝えられないもの
申し送りについても、同じことが言える。
夜勤明けの申し送りで、ワイはAさんの件を伝えた。痔の悪化があって看護師に報告した、という事実を。
でも、伝えられなかったことがある。
Aさんが「やっと信じてもらえた」と言ったときの表情や。
それまでどれだけ訴えても、うまく伝わらなかったという経験を、Aさんが積み重ねてきたかもしれないという可能性や。
申し送りは時間が限られている。要点を伝えることが優先される。だから「本人がどう感じていたか」という部分は、どうしても削られる。
これは個人の怠慢やない。システムの限界や。
でも、削られた部分にこそ、その人を理解するために必要な情報が詰まっていることが多い。
20年前の申し送りは口頭だけやった。今は書面や電子記録も加わった。情報量は増えた。でも「その人らしさ」が伝わる申し送りができているかというと、むしろ後退している施設の方が多いとワイは感じている。
効率化が、人間の細部を削ぎ落としていく。
■ 変わったこと、変わらなかったこと
20年を振り返って、正直に整理する。
変わったことがある。
身体拘束への意識は、確実に変わった。昔は当たり前のようにやっていたことが、今はできない。これは前進や。虐待への感度も上がった。内部告発の仕組みも整った。権利擁護という概念が、現場にも少しずつ浸透してきた。
でも、変わっていないことの方が多い。
夜間の人員不足。疲労による判断力の低下。「とりあえず異常なし」で終わらせる文化。利用者さんの訴えが「問題行動」として処理されるリスク。
そして何より——
「この人は本当に何かを感じている」という視点を、忙しさの中で失いやすい構造が、20年間ずっと変わっていない。
Aさんの「感じている現実」に気づけたのは、ワイに20年の経験があったからや。でも同時に、その経験がなければ気づけなかったという事実は、裏を返せば「経験の浅いスタッフが多い施設では、気づかれないまま終わるケースが山ほどある」ということでもある。
経験で補っているものを、システムで補えるようにならない限り、この業界は同じ場所をぐるぐると回り続ける。
ワイにはそれが、20年かけてようやくはっきり見えてきた。
■ 夜勤明けの食卓
夜勤明けに帰ると、嫁もちょうど夜勤から戻ったところやった。
別の施設で働いている。職場は違う。でも同じ戦場から帰ってきた人間の顔をしていた。
テーブルに座って、ふたりともしばらく何も言わなかった。
コーヒーだけ淹れて、向かい合って座る。窓の外は朝の光が差し込んでいるのに、ワイらの体の中はまだ夜の続きにいる。そういう感覚、わかる人にしかわからんと思う。
「今日どやった」
先に口を開いたのは嫁やった。
「痔の人がおってな」
それだけ言うたら、嫁はすぐに「ああ」という顔をした。説明はいらんかった。「異物感が便の感覚になるやつか」と、一言で返ってきた。
これがプロ同士の会話や。
背景を説明せんでええ。文脈を補足せんでええ。現場を知っている人間同士やから、単語だけで伝わる。
「信じてもらえたって言うてくれた」
「よかったな」
それだけやった。それで十分やった。
■ プロ同士が口にしないこと
嫁との会話で、ワイらが絶対に使わない言葉がある。
「頑張ってるね」
「お疲れ様」
そういう言葉を、ワイらは互いにほとんど使わない。
なぜかというと、その言葉が薄っぺらく聞こえるからや。20年やってきた人間に向かって「頑張ってるね」は、ちょっとちゃうねん。頑張るとかそういう次元やない。もうそれが普通になってしまった人間に対して、その言葉は的外れすぎる。
嫁が一度、夜勤明けに泣いていたことがある。
理由は聞かなかった。聞く必要がなかった。ワイにも同じような夜がある。言葉にならない重さが積み重なって、どこかで溢れる夜が、この仕事をしていると必ずある。
そのとき嫁に言ったのは、「風呂入って寝えや」だけやった。
それが、ワイらの間では一番優しい言葉やと、お互いわかってる。
介護の仕事をしている夫婦の会話は、たぶん一般的な夫婦とは少し違う。死の話が、飯を食いながら出てくる。「今日亡くなった」「最期きれいやったで」「家族が間に合わんかった」——そういう話を、コーヒーを飲みながらする。
それが異常なことやとは思っていない。ただ、この仕事をしていない人には、なかなか伝わらない世界があるというだけや。
■ 手が覚えていること
ワイの手は、20年分の記憶を持っている。
右手の親指の付け根に、硬いタコがある。グローブを着けてオムツを替え続けた20年の痕跡や。最初のころは気にもしなかった。今は、触るたびに「ああ、まだやってるな」と思う。
オムツ交換の手順は、考えなくても体が動く。テープを外す、汚染を確認する、清拭する、新しいパッドをあてる、テープを留める。一連の動作が、脳を通らずに手から出てくる。
これは技術の熟練やと言えばそうや。でも同時に、怖いことでもある。
手が「慣れすぎた」とき、手は考えるのをやめる。
清拭しながら皮膚の状態を確認する、褥瘡の兆候を見る、肛門周囲の炎症に気づく——そういう「ついでの観察」が、熟練した手では自動化される。でも疲弊した夜の手は、その自動化すら省略し始める。
ワイがAさんの痔に気づけたのは、もう一度丁寧に確認しようと「意識して」手を動かしたからや。最初の確認では、正直なところ流しかけていた。
その「もう一度」を生み出せるかどうかが、夜勤の質を分ける。そしてその「もう一度」は、体力と気力がある夜にしか生まれない。
■ 腰が悲鳴を上げる夜
腰の話をする。
ワイの腰は、正直なところもう限界に近い状態が何年も続いている。MRIを撮ったら椎間板が何枚かやられていた。医者には「この仕事を続けるなら悪化する一方です」と言われた。
それでも続けている。
理由は色々あるけど、一番単純な理由は「腰が痛くてもできる仕事のやり方を体が覚えたから」や。
ベッドの高さを調整する。身体をひねらない角度で介助に入る。持ち上げるときに膝を使う。教科書通りのことを、痛みをかかえながら実践している。
でも夜勤の終盤、体が限界に近づいてくると、その「正しい動き」が崩れ始める。
疲れた体は、楽な姿勢を求める。楽な姿勢は腰に負担をかける。腰に負担がかかると、翌日は痛みで起き上がれなくなる。
そのサイクルを、何年も繰り返している。
嫁も同じや。嫁の右肩は腱板を傷めていて、重介助の後は湿布を貼らないと眠れない。ふたりで朝に湿布を貼り合って、それから寝る。そういう夜が、週に何度かある。
これが20年の現場の、リアルな肉体のコストや。
誰も補償してくれない。労災として認められるケースはごくわずかや。「介護職の身体的負担」は社会的に認識されているようで、現場レベルでは全くケアされていない。
■ 狂気の時間帯
夜勤には「魔の時間帯」がある。
だいたい深夜0時から2時の間と、明け方4時から6時の間や。
0時から2時は、就寝後に目が覚めた利用者さんが動き出す時間帯や。トイレに行きたい、痛い、眠れない、どこかに行きたい——そういう訴えが重なる。ナースコールが、まるで示し合わせたように連続して鳴る。
ひとつ対応して戻ったら、また別のコールが鳴っている。戻る途中で別の部屋から声がする。廊下に出てきた利用者さんに声をかけながら、別のコールのランプが点灯しているのを視界の端で確認する。
あの時間帯の感覚は、外からは想像できないと思う。
焦りとも違う。パニックとも違う。ただ、自分が複数に分裂できたらどれだけええかと思いながら、できる限りの速度で動き続ける。その状態が、1時間、2時間続く。
そしてある瞬間、嘘みたいに静かになる。
■ 平穏の不気味さ
深夜2時半すぎ、施設が静まり返る瞬間がある。
ナースコールが止まる。廊下に人の気配がなくなる。空調の音だけが低く響いている。
その静けさが、ワイは正直なところ苦手や。
静かすぎる夜は、何かが起きている予兆のことがある。誰かが声を上げられない状態になっていないか。誰かがベッドから落ちて、気を失っていないか。誰かが、静かに逝こうとしていないか。
20年やっていると、「静かすぎる夜」への嗅覚が育つ。
ワイは静かになったとき、必ず一度、全室の様子を確認しに回る。記録上は「定期巡視」と書くけど、実態は「この静けさが怖いから確かめに行く」や。
その巡視で、何度か「間に合った」ことがある。
床に倒れていた人。呼吸が変わっていた人。静かに泣いていた人。
静けさは安心やない。静けさは、確認を要求している。
この感覚は、マニュアルには載っていない。研修では教えてもらえない。現場で夜を重ねた人間だけが、じわじわと身につけていくものや。
そしてその感覚を身につけるころには、たいてい腰がやられていて、手にタコができていて、嫁と湿布を貼り合う生活になっている。
それが、20年という時間の正体や。
■ 苦しんでいる同業者へ、まず言わせてくれ
ここまで読んでくれた人の中に、今まさに限界に近い人がいると思う。
夜勤明けでこれを読んでいる人。休憩室でスマホを開いている人。「もう限界かもしれん」と思いながら、それでも明日のシフトに入ることが決まっている人。
その人たちに向けて、この章を書く。
綺麗事は言わん。「介護は尊い仕事です」とか「あなたの仕事は社会を支えています」とか、そういうことは言わん。そんな言葉が今の自分に何の意味もないことは、現場にいる人間が一番よくわかってる。
ただ、20年現場にいた人間として、正直に言えることだけを言う。
■ 明日から使える、折れないための具体論
まず、「全部ちゃんとやろうとするな」という話からする。
これはサボれということやない。
優先順位をつけろ、ということや。
夜勤中にすべての訴えに完璧に対応することは、構造的に不可能な夜がある。それはもう認めてしまえ。自分の能力の問題やない、設計の問題や。その前提に立った上で、「今夜、自分が絶対に見落としてはいけないもの」だけを決める。
ワイの場合は、「いつもと違う訴え」と「静かすぎる時間帯の巡視」や。この2つだけは、どんなに疲れていても手を抜かないと決めている。
それ以外は、できる範囲でやる。できなかったことは申し送る。それだけや。
次に、「自分の身体を最後の砦やと思え」という話をする。
腰が限界なら、ボディメカニクスを徹底しろ。手が痛いなら、グローブのサイズを見直せ。睡眠が取れていないなら、夜勤前の仮眠を死守しろ。
自分の身体が壊れたら、利用者さんを守れない。それは利用者さんへの裏切りでもある。自分を守ることは、逃げやない。持続可能な介護をするための、最低限の条件や。
そして最後に、これが一番重要なことやけど——
「気づいた感覚を、必ず言語化して残せ」ということや。
「なんか気になった」「いつもと違う気がした」——その感覚を、記録の端っこにでもいいから書き残せ。正式な記録やなくていい。申し送りのメモでもいい。
Aさんのケースで言えば、「排泄の訴えがあったが汚染なし。ただし訴えの強さがいつもと異なる印象。痔の状態確認を要検討」と一行残すだけで、次のスタッフへの引き継ぎが全く変わる。
感覚は消える。言葉は残る。
その一行が、誰かの「やっと信じてもらえた」につながるかもしれない。
■ 利用者さんの家族へ
この記事を、施設に親を預けている家族が読んでいるかもしれない。
正直に言う。
夜間の施設は、あなたが思っているより人手が少ない。スタッフは懸命にやっているけど、物理的に限界がある夜がある。
だから、面会に来たときに「最近、何か気になることを言っていませんか」と聞いてほしい。
「痛い気がする」「何か出ている気がする」「変な感じがする」——そういう曖昧な訴えを、「また言ってる」で流さないでほしい。施設スタッフにそのまま伝えてほしい。
施設を責めろと言っているわけやない。一緒に見ていこう、ということや。スタッフと家族が同じ方向を向いているとき、利用者さんは一番守られる。
■ 夜勤明けのコーヒー一杯分の話
ワイはブログを書いている。
なぜ書くかというと、現場のリアルを残したいからや。綺麗に編集された介護の話やなく、泥臭くて、しんどくて、それでも誰かのために動いている人間の話を。
今日みたいな記事を書くのに、何時間もかかる。夜勤明けの頭で、あの夜のことを思い出しながら、言葉を選びながら書く。
もしこの記事が、あなたの現場で少しでも役に立ったなら。読んで「そうそう、そういうことや」と思えたなら。同業者として、少し救われた気持ちになれたなら。
夜勤明けのワイに、コーヒー一杯だけ奢ってくれる気持ちで——
強制でも義務でもない。ただ、書き続けるための正直なお願いや。
■ 最後に——痔の話が教えてくれたこと
Aさんの「やっと信じてもらえた」という言葉から、この記事は始まった。
長々と書いてきたけど、ワイが伝えたかったことはシンプルや。
人の「感じている現実」は、目に見えない。でも、確かにそこにある。
巨大な痔が生み出した異物感が、Aさんには「便が出ている」という揺るぎない現実やった。それは嘘でも錯覚でも混乱でもなかった。身体が正直に感じたことを、脳が正直に翻訳しただけやった。
その「見えない現実」を見ようとするかどうか。
それだけが、介護の質を分けると、ワイは思っている。
20年現場にいて、技術も知識も大事やとわかってる。でも一番大事なのは結局、「この人は今、何を感じているんやろ」という問いを手放さないことや。
疲れていても。夜中の2時でも。腰が悲鳴を上げていても。
その問いだけは、捨てたらあかん。
それを捨てた瞬間に、介護は「処理」になる。
ワイはまだ現場にいる。腰にコルセットを巻いて、手にタコを作りながら、嫁と湿布を貼り合いながら、それでもまだ夜勤に入っている。
なぜかと聞かれたら、正直なところ明確な答えはない。
ただ——「やっと信じてもらえた」という言葉を、もう一度聞きたいとは思っている。
それだけで、明日の夜勤に行ける。
読んでくれて、ありがとう。
あなたも、明日少しだけ戦えますように。