この記事は、夜勤介護マンが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。
Facility Arc — Episode
善意だけでは、全部うまくいくわけじゃない。
ある職員の散髪と、介護現場に潜む「ズレた優しさ」の話。
▷ この記事でわかること
- 散髪資格を持ちながら「ちょっと変」な仕上がりを繰り返していたある職員の話
- 介護現場に存在する「善意+ズレ」の組み合わせがなぜ厄介なのか
- 善意を持つ人を否定できない現場の空気と、ベテランが感じる静かな違和感
- 「本人がよかれと思ってやっている」ことが、なぜ問題になり得るのか
- 20年現場にいて気づいた、介護職における「優しさの解像度」の話
ワイが介護の仕事を始めてから、もう20年以上になる。
10代の終わりに飛び込んで、病院で揉まれて、学校に行って、施設を渡り歩いて、気づいたら40越えてた。その間に見てきた利用者さんの数も、いっしょに働いた職員の数も、正直もう数えきれへん。
夜勤明けの廊下の匂い——消毒液と、どこかから漂ってくる食べ物の残り香が混ざった、あの独特のにおいがもう完全に体に染みついてる。あの匂いを嗅ぐと「あ、今日も現場やな」って、体が勝手にスイッチ入る。
そんな20年で、ワイはいろんな「職員」を見てきた。
使命感に燃えた新人、燃え尽きてた中堅、腹の読めない上司、不思議なベテラン。
いろんな人間がいて、いろんな関わり方をして、いろんな形で利用者さんと向き合ってきた。
そのなかで、「この人、何かズレてるんやけど、何がズレてるか言葉にしにくい」というタイプの職員が、一定数おる。
今回の話は、ワイがかつて働いていた施設での出来事や。
そこにいた職員の一人、野村さえ子の話をしたいと思う。
野村さえ子という職員のこと

野村さんがその施設に来たのは、ワイより少し前やった。
50代前半、小柄で、いつも薄化粧。声が小さくて、早口で、話しかけると少し体を引く癖があった。
利用者さんへの接し方は、丁寧やった。
怒鳴ったり、雑に扱ったり——そういうのは一切なかった。むしろ、他の職員が「もうええやん」って流しそうな場面でも、野村さんはじっくり付き合う。声かけも優しいし、表情も柔らかい。
新人が見たら、「ああいう人が理想の介護職や」って思うかもしれへん。
でも、一緒に働いて数週間もすると、なんとなく「あれ?」ってなる瞬間が出てくる。
うまく言えへんけど、何かがズレてる。
親切心は本物なんやけど、そこに微妙なノイズが混じってる。
最初は、ワイも「気のせいかな」って思ってた。
でも、介護の現場でベテランになってくると、こういう「うまく言語化できへんズレ」を感知するアンテナが育ってくるんや。
散髪、はじまりは好意やった
事の始まりは、野村さんが自分から申し出てきたことやった。
「ワタシ、美容師の資格あるんです。利用者さんの髪、整えてあげたいんですけど、いいですか?」
管理職は喜んだ。当然やと思う。
介護施設での散髪サービスは、利用者さんにとって大切なことや。身だしなみが整うと表情が変わる。自分のことを大切にされてると感じる。家族も喜ぶ。
外部の美容師に来てもらうにはコストと手間がかかる。施設内でできるなら、それに越したことはない。
野村さんは自前のハサミと道具一式を持ってきた。
「使い慣れた道具がいちばんきれいに切れますから」と言いながら、丁寧にケースから取り出すその手つきは、確かに本職の所作やった。
最初の数回は、誰も何も言わんかった。
利用者さんの反応も悪くなかった。野村さんは切る前に丁寧に希望を聞いて、「こんな感じでどうですか?」って確認して、ゆっくり丁寧に進める。
——でも。
毎回ちょっと「変」な仕上がり
ある日、森田さんというおじいちゃんの髪を切ってもらったあと、利用者さんの娘さんが面会に来た。
娘さんは父親の顔を見た瞬間、一瞬だけ表情が止まった。
笑顔に戻るまでに、0.何秒かあった。
「あら、髪、切ってもらったの?」
声のトーンはいつもと同じやったけど、ワイはその一瞬を見逃さんかった。
髪型が変、というか——どこかがちょっとずつ、想定とズレてる。
全体的には整ってるように見えるんやけど、横から見たら左右が微妙に非対称で、後ろ側の生え際の処理がなんか雑で、前髪の下ろし方がその人の顔に合うてない感じ。
「変なヘアスタイル」やないんや。
「ちょっとだけ残念な仕上がり」なんや。
この差が、厄介やった。
明らかにおかしかったら誰でも言えるけど、「ちょっとだけ残念」やと言いにくい。
言ったとしても、「え?そうですか?一生懸命やりましたけど…」って野村さんが沈み込むのが目に見える。
善意でやってくれてる人に、文句は言いにくい。
これが現場の空気や。
その後も、野村さんは月に何人かの利用者さんの髪を切り続けた。
毎回、「ちょっとだけ残念」が積み重なった。
大きなクレームにはならへんかった。
でも、家族の顔の微妙な変化を、ワイはずっと見ていた。
廊下で鏡の前に連れて行ったとき、利用者さんが自分の頭に手を当てて首をかしげる瞬間を、ワイはずっと見ていた。
善意は免罪符やない
野村さんを悪い人やとは、これっぽっちも思えへん。
本当に、心から利用者さんのためを思って、やってた。
それはワイには確信として分かる。
でも、20年現場にいて気づいたことがある。
介護の現場は、「善意」と「善意の精度」は、別物や。
善意があっても、精度が伴わなければ、受け取る側にズレが生じる。
そのズレが小さければ小さいほど、言語化されへん。
言語化されへんから、誰も指摘できへん。
指摘されへんから、本人も気づかれへん。
気づかれへんから、ズレが積み重なっていく。
髪を切る、という行為は、ただ短くするだけやない。
その人の顔の形、年齢、普段どんなふうに過ごしてるか、家族がどんな顔を見たいか——そういう「文脈」を全部読んで、はじめてその人の「らしさ」に近づく。
資格は「できる」の証明や。
でも「その人に合わせて切れるか」は、また別の話や。
介護も、同じやと思う。
「優しくしたい」という気持ちは尊い。
でも「その人に必要な優しさを、正確に届けられてるか」は——また別の問いや。
野村さんの話を、ワイはそういう目線で振り返り続けてきた。
怒りとか批判じゃなく、ただ静かに、「これはどういうことやったんやろ」って。
20年で「変わったこと」と「何も変わってへんこと」
野村さんが働いていたのは、ワイが22歳から36歳まで——約14年間お世話になった施設や。
今から振り返ると、もう6年以上前のことになる。
当時のワイはまだ独身で、仕事と飯と寝ることだけで一日が回ってた。今よりずっと体は動いたけど、今よりずっと「見えてへんもの」も多かったと思う。
あの頃感じた「ズレ」を、41歳になった今のワイが改めて言語化しようとすると——なんか、当時より解像度が上がってる気がする。
怖いことやと思う。
現場にいた14年間、ずっとそのズレを「うまく言えへん違和感」として抱えたまま働いてたってことやから。
ワイが最初にその施設に入ったとき、正直言うと介護のことなんてほぼ何も分かってなかった。
学校で習ったことと、現場で起きることは、全然違う。
教科書には「利用者様の意思を尊重し……」って書いてあるけど、夜中の2時に転倒しそうなおじいちゃんを一人で支えながら、意思を尊重する余裕はない。
その頃の現場の空気は、今と比べると——もっと「古い」感じがあった。
ベテランが絶対で、新人は黙って動く。「見て覚えろ」が当たり前で、質問したら「なんでそんなことも分からんの」って顔をされる。
パワハラとか、そういう概念がまだ現場にちゃんと根付いてへん時代やった。
20年この仕事をしてきて、確かに変わったことはある。
書類が増えた。記録が増えた。会議が増えた。
研修の義務化、虐待防止委員会、感染対策マニュアル——制度的な「見える化」は、確実に進んだ。
でも、変わってへんことのほうが、ワイには重く見える。
「善意ある職員のズレ」は、20年前も今も、現場に確実に存在し続けてる。
野村さんみたいな人は、あの施設だけにいたわけやない。
ワイがその後に移った施設にも、形を変えて似たような人が必ずいた。
「善意を評価するシステム」と「善意の精度を評価するシステム」は、介護の現場では今も別々に動いてる。
頑張ってる人、利用者さんに優しくしてる人——それは現場で評価される。
でも「その優しさが、ちゃんとその人に届いてるか」を測る仕組みは、施設レベルではほぼない。
クレームが来て初めて問題になる。クレームが来なければ、ズレは「ズレ」として記録されへん。
誰も野村さんに言えへんかった、本当の理由
野村さんの散髪問題が、なぜ長く続いたか。
それは「誰も言えへんかったから」やけど、その「言えへん」には構造的な理由がある。
まず、野村さんは善意でやってた。
これが一番大きい。悪意のある行為を止めるのは、勇気がいっても「正しいことをしてる」という確信がある。でも善意を「やめてください」と言うのは、まったく別の話や。
次に、仕上がりのズレが「致命的」ではなかった。
怪我をした、皮膚を傷つけた——そういう事故やったら報告義務が発生する。でも「ちょっと変な髪型」は、どこの書類にも書かれへん。記録に残らへんものは、組織の中では「起きてないこと」に近くなる。
そして、言ったとして、誰が得をするかが見えにくかった。
野村さんを傷つけるリスクは確実にある。利用者さんへのメリットは「もうちょっと髪型がマシになる」というあいまいなもの。現場の人間は忙しい。その天秤がどっちに傾くかは、言わんでも分かる。
「言うコストが、言わんコストより高くなる構造」が、現場のあちこちに埋まってる。
それが、ズレを温存するシステムになってる。
業界が抱えてる「不都合な真実」
介護の世界で「資格」というのは、ある種の免罪符として機能しやすい。
介護福祉士、ケアマネ、美容師——資格を持ってることで「できる人」のラベルが貼られる。
そのラベルは、現場では思ってる以上に強力に働く。
野村さんが美容師資格を持ってなかったら、管理職は簡単に「では散髪はプロに任せましょう」と言えた。
でも資格があった。だから「できる人がやってくれてる」という前提が生まれた。
その前提が、「仕上がりを評価するフィードバックループ」を潰した。
介護福祉士の資格を持ってる職員が、ずっと「古いやり方」でケアし続けていても、資格という権威があると指摘されにくい。
経験年数が長い職員が、「昔はこうやった」を根拠に非効率な手順を押し通しても、経験という権威があると覆されにくい。
「資格」と「経験年数」が、現場における思考停止の温床になりやすい。
これが介護業界の、ワイが20年かけて見えてきた構造的な歪みの一つや。
制度は確かに整備されてきた。
でも制度が整備されるほど、「制度の外にある問題」は見えにくくなる。
野村さんの散髪が典型やった。
制度的には何も問題がない。資格あり、利用者の同意あり、怪我なし。
でも、何かが確実にズレてた。
しわしわの手と、転換点
野村さんの手のことを、ワイはよく覚えてる。
小柄な体に不釣り合いなくらい、骨張っていて、節が出ていて、皮膚がうすく乾いていた。
ハサミを持つと、その手がすっと落ち着く。持ち慣れた道具を握ったときの、あの静かな「決まり方」があった。
それだけ見たら、やっぱり本職の手やった。
若いころ美容師として働いて、何かの事情で介護の世界に入ってきた人や。詳しい経緯はワイも知らん。聞いたことがなかったし、たぶん聞く雰囲気でもなかった。
たぶん野村さんにとって、散髪は「得意なことで役に立てる時間」やったと思う。
それ自体は、何も悪くない。
でも、その時間が野村さんの「施設における居場所」になっていくにつれて——誰もそれを止めにくくなっていった。
転換点になったのは、ある土曜日の午後やった。
利用者の上田さん——80代の女性で、昔から身だしなみにこだわりのある人やった——の娘さんが面会に来た。
上田さんは前日に野村さんに髪を切ってもらったばかりで、いつもどおり「ちょっと変」な仕上がりになっていた。
娘さんは上田さんの顔を見た瞬間、今までとは違う反応をした。
これまでの家族は、みんな一瞬止まって、でも何も言わずに流してきた。
でも娘さんは、ナースステーションに来て、ワイに直接言った。
「母の髪なんですけど……いつもこんな感じなんですか? 母、昔から美容室にちゃんと通ってた人で、こういう仕上がりはちょっと……」
声は穏やかやった。責める口調でもなかった。
でも、はっきりと「困っている」という意思表示やった。
ワイはそのとき、正直ほっとした。
「やっと言葉になった」という感覚があった。
ずっとみんなが感じてたズレが、初めて「声」になった瞬間やった。
「言ってあげる」ことの、しんどさ
娘さんの声を受けて、施設は野村さんに「散髪はいったん控えてもらえますか」と伝えることになった。
その役割を担ったのは、当時の主任やった。
ワイはその場にいたわけやないけど、後から主任に聞いた話では——野村さんは最初、きょとんとした顔をしてたらしい。
「え……何か問題がありましたか?」って。
主任が「仕上がりについてご家族から声が上がりまして」と伝えると、野村さんの顔色がさっと変わったという。
泣いたわけやない。怒ったわけでもない。
ただ、すっと表情が消えて、「分かりました」とだけ言って、その場を離れたらしい。
ワイがそのあと廊下で野村さんとすれ違ったとき、野村さんはいつもと同じ顔で利用者さんに声をかけてた。
何事もなかったように。
でも、何かが終わったんやな、とワイには分かった。
あのしわしわの手が、もうハサミを持つことはないんやな——と思ったとき、ワイの中に妙な後味が残った。
正しい判断やったと思う。今でもそう思う。
でも「正しかった」と「後味がいい」は、全然別の話や。
丁寧さと、精度は、別物や。
気持ちと、結果は、別物や。
これは野村さんだけの話やなくて——ワイ自身も、あの14年間のどこかで、同じことをやってたんやないかと思う。
精一杯やってた。でも、届いてへんかったこと。
それが、ワイには一番怖い。
「善意の精度」を上げるために、明日からできること
綺麗事は言わへん。
「利用者さん一人ひとりと向き合いましょう」「コミュニケーションを大切に」——そういう言葉は、現場では何の武器にもならへん。
まず一つ目。「ちょっと変」を、流さへんこと。
野村さんの件で一番まずかったのは、全員が「ちょっと変」を感じながら、全員が流し続けたことや。
「うまく言えへん違和感」は、たいてい正しい。それを感じた瞬間に、まず自分のメモに書いとく。SNSでも、スマホのメモでも何でもええ。言語化は後でいい。
感覚を記録に残す習慣が、「見えてる問題」を「言える問題」に変える第一歩や。
二つ目。フィードバックを「評価」やなく「情報」として渡すこと。
「仕上がりがおかしい」という言い方は、本人への評価になる。評価として受け取られると、人は防衛する。
でも「上田さんのご家族から、以前の美容室のスタイルに近い仕上がりを希望されてることが分かりまして」という言い方やったら——これは情報や。責めてへん。評価してへん。ただ、事実を伝えてる。
伝わり方が変われば、相手の受け取り方が変わる。受け取り方が変われば、現場の空気が変わる。
三つ目。「できること」と「その人に合ってること」を、常に分けて考えること。
資格がある、経験がある、善意がある——それは「できる」という話や。
でも「この利用者さんに、今、何が必要か」は、また別の問いや。
ワイ自身、今でも「これ、ほんまにこの人に必要なことか」って、一回立ち止まる癖をつけてる。その一秒の問いが、長い目で見たら全然違う介護になる。
折れない心、というより「折れ方を知っておく」こと
介護の仕事を続けてると、折れる瞬間が来る。
来ない人はいない。ワイも来た。何度も来た。
夜勤明けに車の中で動けなくなった夜もあったし、利用者さんが亡くなった翌日に何事もなく出勤して、それが普通やと思い込んでた時期もあった。
体は慣れていくけど、感情はどこかに溜まっていく。それに気づかへんまま走り続けると、ある日突然動けなくなる。
折れない心なんてものはない。あるのは「折れたあとの戻り方」を知っとくことや。
ワイが今も続けてることは、シンプルや。
夜勤明けに、一人になれる時間を必ず作る。何もせんでええ。ボーッとしてるだけでええ。
あと、「今日ちゃんとできたこと」を、小さくてもええから一個だけ思い出すようにしてる。
介護の仕事は、できてないことの方が目につきやすい仕事や。意識してできたことを拾いにいかんと、自分が消耗していくだけになる。
野村さんのことを「失敗例」として見ることは、簡単や。
でもワイは、あの人がその施設で長く働き続けたことを、否定する気にはなれへん。
ズレがあっても、続けることには意味がある。ただし、ズレに気づく目を持ち続けることとセットで。
介護の現場で働いてる人も、家族を施設に預けてる人も、これから介護の仕事を考えてる人も——この記事にたどり着いたということは、何かしら「現場のリアル」を知りたかったんやと思う。
ワイがこのブログに書いてることは、教科書には載ってへん話ばかりや。
きれいに整理された「介護の正解」やなくて、現場で転がりながら積み上げてきた「ワイの経験」や。
それが誰かの「あ、そういうことか」に繋がるなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。
この記事、もし「読んでよかった」と思ってもらえたなら——
夜勤明けのワイに、コーヒー一杯だけ奢ってもらえませんか。
それだけで、次の記事を書く燃料になります。
※OFUSEの投げ銭ページへ移動します。金額は自由です。
野村さんは今も、どこかの現場で働いてるんやろか。
それとも、介護の世界から離れたんやろか。
ワイには分からへん。あの施設を離れてから、一度も会ってへん。
ただ、あのしわしわの手がハサミを持つ所作だけは、今でもはっきり思い出せる。
本職の手やった。善意のある手やった。
それだけは、間違いなかった。
善意だけでは、全部うまくいくわけやない。
でも、善意がなければ、何も始まらへん。