この記事は、夜勤介護マンが介護現場で実際に体験・見聞きした出来事をもとに書いています。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。介護の実態をリアルにお伝えすることを目的としており、特定の施設・個人を批判する意図はありません。
Facility Arc — Episode
真面目な人ほど、不器用さが隠しきれん。
手洗いを何度も洗い直したベテラン職員・宮本の話。
▷ この記事でわかること
- 手洗いを何度も洗い直すベテラン職員・宮本の話
- 真面目さと不器用さが同居する人間が、現場でどう見られるか
- 「困った空気」を生む人間が、必ずしも悪い人間やないという話
- 介護現場における「真面目さ」の光と影
- 20年現場にいて気づいた、「不器用な真剣さ」とどう向き合うか
介護の現場で20年働いてきて、ワイが一番「言葉にしにくい」と感じる職員のタイプがある。
悪い人やない。むしろ真面目や。
利用者さんへの気持ちも本物や。手を抜くことを知らへん。
でも——なぜか、周囲の空気がちょっと困ったことになる。
もっと根っこのところにある、「その人自身の真剣さ」が、不器用な形で溢れ出してる——そういうタイプや。
宮本の話をしようと思う。
宮本という職員のこと

宮本がその施設に入ってきたのは、ワイより1、2年後のことやった。
ワイより7歳上で、当時ワイは20代の後半、独身で、あの施設に腰を落ち着けてた頃や。
宮本は中肉中背、眼鏡をかけてて、いつも少し前のめりの姿勢で歩く人やった。
話し方はていねいで、声は落ち着いてる。感情的になるところを、ワイは一度も見たことがない。
仕事への取り組みは、ひと言で言うなら——真剣やった。
記録は丁寧、申し送りは正確、利用者さんへの声かけは誰よりも丁寧。
新人が見たら「ああいう人が介護職のお手本や」と思うやろなと、ワイは思ってた。
ただ、一緒に働き始めてすぐに、ワイはある「癖」に気づいた。
手洗いが、長かった
宮本の手洗いは、長かった。
洗う。すすぐ。また洗う。もう一度すすぐ。タオルで拭く。もう一度蛇口をひねって確認する。
そのサイクルが、1回で終わらへん。
最初に見たとき「念入りな人やな」と思った。
2回目に見たとき「今日は何か気になることがあったんかな」と思った。
3回目に見たとき——これは毎回やな、と気づいた。
洗面台の前に立つ宮本の背中を、ワイは何度も見た。
肩に力が入ってる。首が少し前に出てる。
洗いながら、何かを確認するように手のひらを見る。
「足りてへんかった」と感じるたびに、もう一度蛇口をひねる。
1回の手洗いに、3分近くかかることがあった。
周囲に漂う、困った空気
宮本の手洗いが長いことは、しばらくして現場全体の「知ってること」になった。
宮本が洗面台に向かうと、後ろで待つスタッフがさりげなく別の洗面台へ移動する。
「宮本が手洗い中」という情報が、なんとなく共有される。
「あの人、今日も長いな」という視線が、言葉にならへんまま空気に混じってた。
宮本は、それに気づいてたと思う。
洗面台から離れるとき、少し早足になることがあった。
「すみません、お待たせしました」という言葉が、誰も待ってへんタイミングで出てくることもあった。
気づいてる。でも止められへん。
その状態が、宮本の表情にうっすら滲んでた。
真面目さは、なぜ「困りごと」になるのか
宮本の手洗いを「問題」と呼んでいいのか、ワイには今でも分からへん。
感染対策として間違ってるわけやない。利用者さんに直接迷惑がかかってるわけやない。
ただ——現場の流れに、小さな「詰まり」が生まれてた。
介護の現場は、流れで動いてる。一か所で流れが止まると、後ろが押す。押すと誰かが余分に動く。
宮本の手洗いが生んでた「詰まり」は、そういう種類のものやった。小さい。でも、毎日積み重なる。
そしてもう一つ——「困った空気」を生んでるのに、誰も何も言えへん、という詰まりも生まれてた。
真面目な人に「手洗いが長すぎる」とは、言いにくい。
悪意がない人への指摘は、善意のある人への指摘と同じくらい——いや、もしかしたらそれ以上に——言葉にするのがしんどい。
帰ると言うてから、まだ洗ってた
宮本の手洗いが「業務中だけやない」と気づいたのは、仕事終わりの夕方やった。
申し送りが終わって、スタッフがそれぞれ帰りの準備に動き始めるあの時間帯。
宮本は、まず利用者さんのトイレ誘導に使う洗面台で手を洗った。
次に、詰所に戻ってきて、詰所の洗面台でもう一度洗った。
そして1階に降りて——他のスタッフが輪になって話してる横で、また洗面台に向かった。
それだけやなかった。
宮本が「お疲れ様でした、お先に失礼します」と言う。スタッフが返す。宮本がロッカーに向かう。
——そこからもう一度、洗面台に寄ってた。
誰も何も言わんかった。
ワイがそのとき感じたのは「変やな」という感覚やなかった。
「しんどいな」という感覚やった。宮本が、やない。あの状況全体が、しんどかった。
なぜか、手は荒れてへんかった
宮本の手洗いが日課になってしばらく経ったころ、ワイはあることに気づいた。
宮本の手が、荒れてへんかった。
介護の現場で手洗いを繰り返すと、たいてい手が荒れる。
ワイ自身、冬場は指の関節がひび割れることがある。他のスタッフも、ハンドクリームが手放せへん人が多い。
それが当たり前の現場で、あれだけ洗い続けてる宮本の手が——なんでもなかった。
一度だけ、近くで宮本の手を見る機会があった。
ごく普通の手やった。荒れもなく、赤みもなく、ただ清潔な手やった。
あれだけ洗って、荒れへんというのは——一体どういうことなんやろ。
その問いが、ワイの頭の中に残った。
そして、インフルにもノロにもかからへんかった
介護施設の冬は、感染症との戦いや。
インフルエンザ、ノロウイルス——毎年必ず、どちらかが施設内で広がる。
それでも、かかる人はかかる。ワイも何度かやられた。
でも宮本は——かかってへんかった。
ワイが一緒に働いてた期間、宮本が感染症で休んだのを、ワイは一度も見てへん。
「あれだけ洗ってたから」なのか、「たまたま」なのか、今でも分からへん。
でも結果だけを見たら——宮本は、誰よりも感染対策を徹底していて、誰よりも感染しなかった。
それが事実やった。
「おかしい」と「正しい」が、同時に成立してた
宮本の手洗いを、ワイはずっと「困りごと」として見てた。
でも、感染しない、手が荒れへん——この二つの事実が出てきたとき、ワイの中で何かが揺らいだ。
周囲が「困った」と感じてたのは、宮本が間違ってたからやない。
宮本のやり方が、現場のペースと合うてへんかったからや。
「正しさ」と「現場の流れ」がぶつかったとき——現場は「正しさ」の方を「問題」と呼ぶ。
これが、ワイが宮本を見ながら気づいた、一番しんどいことやった。
真面目すぎる人間が、静かに孤立していく過程
宮本が孤立してたか——と聞かれたら、「そうやない」とも言えへんし「そうや」とも言えへん。
誰かに無視されてたわけやない。業務上の連携も問題なかった。
でも——「宮本の洗面台の時間」だけは、誰もそこに入っていかへんかった。
声をかけへん。隣に立たへん。一緒に洗わへん。
あの時間だけ、宮本は一人やった。
それが毎日続くと、宮本自身が「あの時間は一人でいる時間や」と無意識に定義し始める。
周囲も「あの時間は宮本の時間や」と、無意識に距離を置き始める。
真面目すぎる人間の孤立は、誰かが意地悪をするわけやなく、こういう形で静かに進んでいく。
ある日の仕事終わり、誰かが宮本に言った。
「宮本さん、先に帰ってていいですよ」
宮本は振り返って、少し困ったような顔で笑った。
「あ、はい、すみません」と言って、また蛇口に手を伸ばした。
ワイはそのやりとりを横で見ながら、先に外に出た。
振り返らんかった。振り返れへんかった。
宮本には、どう聞こえてたんやろ。
「あなたが終わるのを待てへん」と聞こえてたんやないか。
聞けへんかったし、聞く言葉も持ってへんかった。
「不器用な真剣さ」と付き合っていくために
もし今、「自分もそういうとこあるかもしれへん」と思いながらこれを読んでる人がいたら——まず一つだけ言わせてほしい。
止められへんことがある自分を、責めんでほしい。
それはたぶん、真剣さの裏側にある。
一つ目。「止められへんこと」の輪郭を、自分で把握しておくこと。
まず、それが「ある」と認めること。「ワイにはこういう癖がある」と自分に言える状態にしておくこと。
輪郭が見えてる問題は、見えてへん問題より、ずっと付き合いやすい。
二つ目。「周囲に説明できる言葉」を、一つだけ持っておくこと。
宮本が「自分は手洗いが長くなる癖がある、すみません」と一言言えてたら——あの洗面台の空気は、少し違ったと思う。
説明があると周囲の「困った空気」の質が変わる。「あの人はおかしい」から「あの人はそういう人や」に変わる。
たった一言の説明が、静かな孤立を防ぐことがある。
三つ目。結果が出てるなら、それを自分の支えにしていいこと。
宮本は感染しなかった。手も荒れへんかった。
「やり方が不器用でも、結果は出てる」——それは本物の事実や。
不器用でも、真剣さが生んだ結果は、ちゃんとそこにある。
そして、宮本の前でいつも言葉を持ってへんかったワイが、あのとき言えたとしたら——たぶんこれやった。
「宮本さん、ゆっくりでええですよ。待ってますから」
解決やない。アドバイスでもない。ただ、「待ってる」という一言。
人の不器用さに寄り添う言葉は、たいていシンプルや。
難しく考えすぎてたのは、ワイの方やったんやと思う。
介護の現場で「自分の止められへんことに困ってる」人も、「周りにそういう人がいて、どう接すればいいか分からへん」人も——この記事が少しでも「あ、そういうことか」と思えるきっかけになったなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。
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宮本は今も、どこかの現場で手を洗ってるんやろか。
3か所で、丁寧に、何度も。荒れへん手で、感染もせえへんまま。
ただ、あの洗面台の前に立つ宮本の背中だけは、今でもはっきり思い出せる。
肩に力が入って、首が少し前に出て、手のひらをじっと見ながら洗い直してた、あの背中。
真剣やった。
不器用やったけど、間違いなく真剣やった。
それだけは、ワイには確かやった。