先に、この記事の結論だけ言うとく。身体拘束は「縛ること」だけやない。本人の意思に反して、その人がやろうとしてる動きを止めたら、それはもう拘束になりうる。つなぎ服も、ミトンも、ベッドの4本柵も、「座っといて」の一言も、全部そこに入ってくる。これが厚生労働省の考え方の、いちばんの軸や。

「身体拘束はダメ」。介護の世界におる人なら、耳にタコができるほど聞いてる言葉や。でも、いざ「ほな、具体的にどこからが拘束なん?」と聞かれて、スラスラ答えられる人は、案外少ない。

縛ったらアカン。それは分かる。ほな、ミトンは? つなぎ服は? ベッドを柵で囲むのは? 「ちょっと待っといて」と声をかけるのは? ——この線引きが、ワイ自身、現場におった頃でも、はっきり分かってへん時期があった。だからこの記事で、厚労省が定める11項目から、スピーチロックまで、できるだけ具体的に、知らん人にも分かるように書いていく。

この記事は、施設で働いてる介護職はもちろん、施設に親を預けてる家族の人にも読んでほしいと思って書いてる。「縛らんといてほしい」と願う一方で、良かれと思って「つなぎ服を着せてください」と頼んでしまう——そういう、悪気のない一言が拘束になることもあるからや。知らんままやと、誰も得せえへん。


4本柵が当たり前やった頃の話——これも身体拘束やと知らんかった

ワイが高校を出てすぐ、病院で働いてた頃の話や。当時の病院では、ベッドを4本の柵で囲むのが当たり前の光景やった。転落防止のため。誰も何も言わへんし、ワイも何ひとつおかしいと思わんかった。

それが「身体拘束に当たる」と知ったのは、専門学校に入ってからや。つまりワイは、それが拘束やと知らんまま、現場におった時期があったということになる。今になって振り返ると、ちょっと背筋が寒くなる話や。

でも、これはワイが特別アホやったわけやないと思う。「知らんかった」というのは、誰にでも起こる。むしろ怖いのは、知らんまま「これは普通のケアや」と思い込んでしまうことや。この記事で書きたいのは、まさにそこなんや。


身体拘束とは何か——そもそも、どこからが拘束なんや

身体拘束というのは、ざっくり言うと「その人が自分の意思でやろうとしている動きを、本人の同意なく止めること」や。厚生労働省の手引きでも、利用者の行動を制限する行為として原則禁止とされている。

ベッドに縛りつける、手足を固定する——そういう、いかにも「拘束」という見た目のものだけやない。車椅子から立てへんようにベルトで止める。部屋から出られんように鍵をかける。こういうのも全部、本人の意思に反して動きを止めてる時点で、拘束に入る。

ここがいちばん大事なとこやと、ワイは思ってる。「縛ったかどうか」やない。「本人がやりたい動きを、できなくしたかどうか」や。この見方がズレてると、「縛ってへんから拘束やない」と思い込んだまま、気づかんと拘束を続けてしまうことになる。ワイも昔、そこが分かってへんかった側の人間や。


「縛る」だけが拘束やない——つなぎ服・ミトン・ベッド柵も

さっきも書いたけど、ワイはこの仕事を始めた頃、「身体拘束=ひもで縛りつけること」やと思い込んでた。たぶん、今でもそのイメージを持ってる人は多いと思う。テレビとかで見る拘束の絵が、だいたいそれやからな。

でも実際は、もっと幅が広い。転ばんように車椅子にテーブルをつけて立てなくする。服を脱がんようにつなぎ服を着せる。点滴を抜かんようにミトン型の手袋をはめる。自分で降りられんようにベッドを柵で囲む。——どれも、縛ってはいない。けど、本人が「やりたい動き」をできなくしてる。これが拘束の正体や。

「縛ってへんから大丈夫」。この感覚が、いちばん危ない。むしろ縛らんタイプの拘束のほうが、見た目が穏やかなぶん、本人も周りも「拘束してる」と気づきにくい。そこが厄介なんや。


厚生労働省が定める、身体拘束に該当する11項目【一覧】

厚生労働省の「身体拘束ゼロへの手引き」では、身体拘束に当たる行為として、具体的に11項目が挙げられている。難しい言い回しもあるけど、まずはそのまま一覧で見てほしい。あとで一個ずつ噛み砕くから、ここは「ふーん、こんなにあるんか」くらいで眺めてくれてええ。

  1. 徘徊しないように、車いす・いす・ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る
  2. 転落しないように、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る
  3. 自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む
  4. 点滴・経管栄養等のチューブを抜かないように、四肢をひも等で縛る
  5. 点滴・経管栄養等を抜かないように、または皮膚をかきむしらないように、手指の機能を制限するミトン型の手袋等をつける
  6. 車いす・いすからずり落ちたり、立ち上がったりしないように、Y字型抑制帯や腰ベルト、車いすテーブルをつける
  7. 立ち上がる能力のある人の立ち上がりを妨げるようないすを使用する
  8. 脱衣やおむつはずしを制限するために、介護衣(つなぎ服)を着せる
  9. 他人への迷惑行為を防ぐために、ベッド等に体幹や四肢をひも等で縛る
  10. 行動を落ち着かせるために、向精神薬を過剰に服用させる
  11. 自分の意思で開けることのできない居室等に隔離する

「え、これも入るんか」と感じたもの、あったやろか。ワイもこの11項目を初めてちゃんと読んだとき、正直ぎょっとした。「これ、前の現場で普通にやってたやつやん…」と思ったもんがいくつもあったからや。


11項目を、ひとつずつ噛み砕く

一覧だけ見ても、介護をやってへん人にはピンとこんやろうから、ひとつずつ、できるだけ普通の言葉で説明していく。

①② 体や手足を縛る(徘徊・転落防止)

いちばんイメージしやすい拘束や。動き回ったり落ちたりせんように、車椅子やベッドに胴体や手足をひもや抑制帯で縛りつける。これは誰が見ても「あ、拘束してるな」と分かる。①も②も、止める理由(徘徊か転落か)が違うだけで、やってることは同じや。

③ ベッドを柵で囲む

現場でいちばん判断に迷うのが、これやとワイは思う。柵は本来、転落防止や、起き上がるときの手すり代わりに使うもんや。せやから「柵=拘束」とは限らん。けど、本人が自分で降りようとしてるのを、四方ぐるっと囲んで降りられんようにしたら、それは拘束になる。

ポイントは柵の本数やない。片側を壁につけて、残りを柵で塞いで出られんようにしてたら、2本でも拘束になりうる。「この人、降りたがってるか? その降りたいのを止めてへんか?」——そこが判断の軸や。ワイも昔、これで「これはセーフなんか、アウトなんか」と悩んだことが何回もある。迷ったら一人で決めんと、上司やチームで確認するのが鉄則や。

④⑤ チューブを抜かんように手足を縛る・ミトンをつける

点滴や、鼻から胃に入れる栄養チューブ(経管栄養)を、本人が抜いてしまわんように、手足を縛ったり、ミトン型の手袋をはめたりする。チューブが抜けると命に関わることもあるから、現場では「仕方ないやろ」と感じやすい。

けど、「仕方ない」と感じることと「やってええ」は別の話や。特にミトンは、見た目が手袋やから穏やかに見えて、「これも拘束?」と思われがちやけど、手で物を触れんようにしてる時点で、れっきとした拘束や。ここは引っかかりやすいから、よう覚えといてほしい。

⑥⑦ Y字ベルト・腰ベルト・車椅子テーブル・立てない椅子

車椅子からずり落ちたり立ち上がったりせんように、Y字型のベルトや腰ベルトで止める。あるいは車椅子にテーブルをガチャッとはめて立てなくする。深く沈み込む椅子に座らせて、自力で立てなくする。——これらも全部、拘束や。

「安全ベルト」という名前やと、なんか正しいことをしてる気になる。そこが落とし穴や。本人が「立ちたい」と思ってるのを止めてるなら、名前が何であろうと拘束になる。

⑧ つなぎ服(介護衣)を着せる

おむつを外したり服を脱いだりするのを防ぐために、自分では脱げん「つなぎ服」を着せる。これも「服を着せてるだけ」に見えるから、知らんと使ってる現場がある。本人が「脱ぎたい」「外したい」と思ってるのに、それができん状態なら、拘束に当たる。この項目は次の章でもう一回、家族の視点から触れる。

⑨ 迷惑行為を防ぐために縛る

他の利用者さんへの迷惑行為を防ぐために縛る。①②と同じく、はっきりした拘束や。「他の人のため」という理由があっても、縛ってる事実は変わらん。

⑩ 向精神薬を過剰に飲ませる

行動を落ち着かせる目的で、向精神薬や睡眠薬を必要以上に飲ませる。これは「薬による拘束(ドラッグロック)」と呼ばれる。物理的に縛ってへんぶん、いちばん見えにくい拘束や。これも後で詳しく書く。

⑪ 部屋に閉じ込める

自分の意思で開けられん部屋に閉じ込める。鍵をかけて出られんようにする。行動の自由を丸ごと奪う拘束や。


家族が「お願いします」と頼むことも、拘束になる

ここからが、この記事でいちばん伝えたいとこや。

施設に親を預けるとき、家族が良かれと思って、こういうお願いをすることがある。「自分でおむつを外して汚してしまうので、つなぎ服を着せてください」「点滴を抜いてしまうので、ミトンをつけてください」「夜中に動いて転んだら困るので、もっと強い眠剤を出してもらえませんか」。

どれも、親を心配する気持ちから出てる言葉や。責める気は一切ない。ワイも親の立場やったら、同じこと言うてたかもしれん。でも——このお願い、ぜんぶ身体拘束を頼んでることになるんや。つなぎ服は⑧、ミトンは⑤、強い眠剤は⑩。さっきの11項目に、しっかり入ってる。

在宅でも同じや。家で介護してて、家族が動きを制限したら、それも拘束に当たる。施設の中だけの話やない。

▷ 知らんと「拘束を頼んでしまう」

怖いのは、頼む側も頼まれる側も、それが拘束やと気づいてへんことや。家族は「安全のためのお願い」のつもり。職員も「家族の希望やから」と受けてしまう。そうやって、誰も悪意がないまま、拘束が日常になっていく。

せやからこそ、「それは身体拘束に当たるので、まず別の方法を一緒に考えましょう」と説明できることが大事になる。断るためやない。家族と一緒に、縛らんで済む道を探すためや。


「座っといて」も拘束——3つのロックとスピーチロック

ここまでは、道具や薬を使う拘束の話やった。けど、道具も薬も使わん拘束がある。言葉や。

介護の世界では、拘束を大きく3つに分ける考え方がある。「3つのロック」とか「スリーロック」と呼ばれてるやつや。

3つのロック(スリーロック)

フィジカルロック=体を縛る、柵で囲む、ミトン、ベルトなど、物理的に動きを止める拘束。さっきの11項目の多くがこれ。

ドラッグロック=薬で動きを止める拘束。睡眠薬や向精神薬を、行動を抑える目的で過剰・不適切に使うこと。

スピーチロック=言葉で動きを止める拘束。「座っといて」「動かんといて」「ちょっと待って」など、行動を制止する声かけ。

このうち、フィジカルロックとドラッグロックは、道具や薬がないとできん。けどスピーチロックは、口ひとつでできてしまう。せやから、いちばん無意識にやってしまうし、いちばん気づきにくい。調べてみると、専門家もこのスピーチロックを「3つの中で最も注意が要る」と言うてる。

具体的にはこういう言葉や。「危ないから座っといてください」「ちょっと待っててね」(そう言うて、戻ってこん)「動いたらダメ」「○○しないで」。——どれも、現場で一日に何回も口から出る言葉や。ワイも、出てなかったとは言えん。忙しい夜勤で、立ち上がろうとする人に「ちょっと待ってな!」と、つい強い口調で言うてしまう。あれは、今思えばスピーチロックやった。

「~してください」は、一見ていねいに聞こえる。けど、言われたほうは「命令された」「行動を止められた」と受け取ることがある。特に認知症のある人は、出来事は忘れても、嫌な感情は残ると言われてる。「無視された」「怒られた」という感情だけが残って、それが被害妄想や興奮につながることもある。スピーチロックが、結果として暴れや介護拒否を生んで、それを抑えるためにフィジカルロックやドラッグロックへ…という悪循環の入口になる、という指摘もある。

― ワイの現場から ―

正直に言う。ワイも「座っといて」「待っといて」を、何回も言うてきた。悪気はない。むしろ「転んでほしくない」という、本人を思う気持ちから出てた言葉や。でも、それでも拘束は拘束なんや。

恐ろしいのは、これがタダで、道具も要らんから、いくらでも出てしまうことや。フィジカルロックは「縛る」という行為に抵抗があるから、まだブレーキがかかる。でもスピーチロックは、ブレーキすらかからんまま、息を吐くように出てしまう。ワイが3つの中でいちばん怖いと思うのは、これや。

ほな、どう言えばええんか。簡単やないけど、方向はある。「座っといて」やのうて「転ぶと危ないので、一緒に行きましょう。どこ行きたいですか?」。「ちょっと待って」やのうて「今これをしてるので、あと○分で行きますね」。——つまり、動きを止めるんやのうて、その動きに付き合う方向に言葉を変える。言うことは増えるし、手間もかかる。けど、これが拘束を避ける第一歩になる。


認知症の人は、目的があって動いている

スピーチロックの話と地続きで、どうしても書いておきたいことがある。

認知症が進んだ人が、急に立ち上がって歩こうとする。本当は足が弱って一人では歩けへんのに、それを忘れてしまってて、立つ。当然、転ぶ危険がある。職員は焦って「危ない、座っといて!」と止める。——この場面、現場では毎日のように起きる。

でもな、ここで一個、立ち止まって考えてほしいことがある。その人は、意味もなく立ったわけやない。トイレに行きたいんかもしれん。家に帰りたいんかもしれん。誰かに会いに行こうとしてるんかもしれん。本人の中には、ちゃんと目的がある。ただ、それをうまく言葉にできんかったり、自分の足のことを忘れてたりするだけや。

それを、理由も聞かずに「危ないから座っといて」で止めてしまう。安全のためには、確かにそうせなアカン場面もある。でも、止めるだけで終わったら、その人の「行きたかった目的」は宙に浮いたままや。トイレに行きたかったのに止められたら、そら不穏にもなるし、また立とうとする。そしてまた「座っといて」。これが繰り返される。

大事なのは、止める前に「どうしました?」「どこ行きたいんですか?」と目的を聞くことや。トイレなら付き添えばええ。これだけで、転倒も防げて、本人の尊厳も守れて、スピーチロックも避けられる。一石三鳥や。言うは易しで、忙しい現場でいつもできるわけやない。ワイも全部できてたとは、口が裂けても言えん。でも、「この人は目的があって動いてる」という見方を持ってるだけで、対応はだいぶ変わる。


身体拘束は、原則禁止

大前提を確認しておく。介護保険施設では、身体拘束は原則禁止や。「危ないから」「安全のため」という理由があっても、原則やったらアカン。

なんでそこまで厳しいかというと、拘束は本人を深く傷つけるからや。体を動かせんことで筋力が落ちる、関節が固まる(拘縮)、床ずれができる、認知症が進む。心にも、不安・恐怖・うつ・「どうせ何を言うても無駄や」という無気力(学習性無力感)を生む。体にも心にも、深い爪痕を残す。だから「原則禁止」なんや。

― ワイの現場から ―

ワイがおった施設の中に、車椅子のベルトを当たり前みたいに使うてたとこがあった。「転落防止」という名目で、ほぼ全員につけてた。誰も、おかしいと思ってへんかった。それが日常やった。

今振り返れば、あれは完全に拘束や。でも当時は、現場の誰一人「拘束してる」という意識を持ってへんかった。「これが普通のケアや」になってた。——拘束がいちばん怖い形で根を張るのは、こうやって「当たり前」になったときや。悪意がないぶん、誰も止められへん。


どうしてもやる時の「3つの条件」と手続き

とはいえ、現実には「どうしても、せなアカン」場面がある。ワイ自身、やむを得ず拘束をしたことが、ないとは言わへん。せやから、きれいごとだけ書くつもりはない。

ただ、それは「現場の判断で勝手にやってええ」という話やない。身体拘束が例外的に認められるのは、次の3つの条件が、ぜんぶ揃ったときだけや。

身体拘束が例外的に認められる3要件

切迫性=本人や他の人の生命・身体に、危険が及ぶ可能性が著しく高い

非代替性=拘束する以外に、代わりになる方法がない

一時性=拘束は、あくまで一時的なものにとどめる

この3つがすべて揃わな、やったらアカン。「危ないから」だけでは、切迫性はあっても、非代替性(他に手がないか)や一時性(ずっとやらへんか)が満たされてへんことが多い。一つでも欠けたらアウトや。だから本当は、拘束に踏み切る前に「他にやれることは全部やったか?」を問わなあかん。後で書く代替策を、まず尽くす。それでもどうしても無理、というときの最後の手段や。

しかも、3要件が揃って拘束する場合でも、それで終わりやない。制度では、組織として判断し、本人と家族に「こういう理由で、こういう拘束を、これくらいの期間します」と説明して同意をもらい、記録に残し、定期的に「まだ要るか?」を見直して、できるだけ早う解除する——そこまでが求められる。

― ワイの現場から ―

正直に書いておく。家族にこういう理由で拘束します、と説明して同意をもらう——その手続きそのものは、現場の介護職やったワイがやる立場やなかった。相談員や上の人がやる仕事で、ワイはそこには直接かんでへん。だから、その部分は「制度ではこうなってる」という知識として書いてる。

ただ、記録は、ワイもずっと書いてきた。日中はこういう様子やった、夜間はこうやった、と。これは介護職の日々の仕事や。地味やけど、これがないと、いざという時に家族も納得できへんし、ケアの振り返りもできん。記録は、本人を守る証拠でもあり、家族との信頼の土台でもあるんや。

つまり、「3要件が揃えば自由に縛れる」やない。「代替策を尽くして、それでも無理なら、説明と記録と見直しを伴って、最小限・一時的に」——これが大前提や。ここを甘く見たらアカン。


虐待につながる理由と、現場の本音

身体拘束が怖い理由のひとつは、虐待への入口になりやすいことや。

最初は「転倒を防ぐため」という、まっとうな理由で始まる。でも、それが続くと、現場の感覚がじわじわ変わっていく。「この人はいつも縛ってるから」が当たり前になる。縛ることへの抵抗が、薄れていく。

ワイが見てきた中で感じるのは、拘束が横行してる現場は、他のとこも雑になりやすい、ということや。声かけが雑になる。本人の反応を気にせんようになる。「どうせ分からへん」という空気が漂い始める。そこから虐待まで、距離は思ったより短い。「縛ること」への抵抗を失った現場は、気づかんうちに別の線も越えていく。

ここからは、現場の立場からの、正直な本音や。きれいごとだけでは終われん。

夜勤で一人、何十人もの利用者さんを見てる。転倒リスクの高い人が何人もおる。コールが鳴るたび走って、目を離した隙に転倒が起きる。それが続くと——頭の中に「縛ったら、これ全部解決するんちゃうか」という考えが、よぎる瞬間が、正直あった。

ワイはやらんかった。でも「やらんかった」だけで、「やりたいと一度も思わんかった」かというと、それは違う。追い詰められた状態で「拘束するな」とだけ言われても、現場は苦しいだけや。

― ワイの現場から ―

夜勤明けに「また転倒があった」と報告したとき、上から「なんで防げへんかったんや」と言われたことがある。夜中に何度も起き上がる人を、少ない人数でどう防ぐんや、と。その問いに正面から答えると「縛るしかない」になってしまう状況が、現場には確かにある。

これは「拘束した職員が悪い」という単純な話やない。「拘束せざるを得ん状況に、現場を追い詰めた環境」の話や。そこを変えんと「拘束するな」だけ言い続ける施設は、たぶんいつまでも同じことを繰り返す。ワイ自身、その環境を変えられたかというと、正直、変えられんかった部分も多い。

拘束をなくすには、現場の環境そのものを変えなあかん。個人の頑張りでどうにかなる話やのうて、人員配置や仕組みの問題として、組織で向き合わなアカン。そこを抜きに精神論だけで「ゼロにしろ」と言うても、現場はもたへん。


結局、いちばん大事なのは「知ってもらうこと」

拘束を避けるための、現場でやれる工夫も書いておく。「これで全部解決」とは言わんけど、実際に効果を感じたもんや。

拘束を避けるための工夫の例

・センサーマットや離床センサーで、動き出しに早く気づく(ただし誤作動も多いから、過信は禁物)

・ベッドを低くする、床に衝撃吸収マットを敷く——「動かさん」やのうて「転んでも被害を減らす」発想に切り替える

・こまめに声をかけて、不安の原因に先に手を打つ

・「なんでこの人は動くんか」を掘り下げて、目的のほうに対処する

そして、道具も予算も要らんと、明日からすぐ変えられるのが「言葉」や。スピーチロックを避ける言い換えだけ、最後にまとめておく。これは現場の職員も、家で介護してる家族も、今日から使える。

明日から使える、スピーチロックの言い換え

・「座っといて」→「転ぶと危ないので、一緒に行きましょう。どこ行きますか?」(動きを止めず、付き合う)

・「ちょっと待って」→「今これをしてるので、あと○分で行きますね」(具体的な時間と理由を添える)

・「動いたらダメ」→「どうしました? なんかありましたか?」(止める前に、まず目的を聞く)

共通するのは、「行動を止める言葉」を「行動に付き合う言葉」に変えること。手間は増える。でも、これが拘束を避ける、いちばん身近な一歩や。

ただ、こういう工夫の手前に、もっと根っこの話がある。それは——「これも身体拘束なんや」と、まず知ってもらうことや。ワイがこの記事をしつこく書いてるのは、結局そこに尽きる。

つなぎ服も、ミトンも、強い眠剤も、「座っといて」の一言も、ぜんぶ拘束になりうる。でも、それを知らんかったら、悪気のないまま続いてしまう。逆に、「あ、これって拘束やったんか」と気づけたら、その瞬間から対応は変えられる。知識が、その人の尊厳を守る最初の一歩になるんや。

これは介護職だけの話やない。むしろ、施設に親を預けてる家族にこそ知ってほしい。「縛らんといて」と願うのと同じ気持ちで、「つなぎ服を着せて」が拘束を頼むことになると知ってもらえたら、職員と家族が同じ方向を向いて、縛らんで済む道を一緒に探せる。ワイは、そういう現場が増えてほしいと思ってる。

完璧にはできへん。ワイも、全部うまくやれてたわけやない。「座っといて」も言うてきたし、やむを得ず拘束したこともある。それでも、「これも拘束やで」と知ってもらうことだけは、こうやって書いて伝えられる。身体拘束について調べてる介護職の人、施設に親を預けてる家族の人——この記事が「どこからが拘束なんか」を知るきっかけになったなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。