📋 この記事でわかること

  • 認知症の周辺症状で「別人みたいな力」が出るメカニズムと現場の実態
  • フラフラ歩きの90歳超のお爺さんが豹変した瞬間の話
  • 詰所に閉じ込められた夜——電話を投げようとした男
  • 医者の頭を叩いて、ドクターがブチ切れた話
  • 「怖い」と感じる自分を恥じなくていい理由
  • 20年現場にいて今も思う、認知症介護の答えのなさ
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フラフラ歩きの小さなお爺さん

そのお爺さんのことを最初に見たとき、正直なところ「この人、大丈夫か」と思うた。

背は低かった。90歳を超えてるとは聞いてたけど、それにしても小さかった。足はフラフラで、廊下を歩く姿を見るたびに「今日こそ転ぶんちゃうか」とひやひやした。介護の現場で20年やってると、転倒しそうな歩き方の人間はすぐにわかる。体の重心の位置、足の上がり方、視線の向き。そのお爺さんは、そのすべてが「あかんやつ」やった。

精神症状の強めの認知症フロアに入居してた。完全個室。夜はベッドでリハパン1丁で寝てることが多かった。

部屋の中でも転倒することがあって、巡視のときに気づいたら床に倒れてたこともある。大きな怪我には至らへんかったけど、皮膚の状態が悪かった。高齢になると皮膚が薄くなって、ちょっとした摩擦でも剥離してしまう。このお爺さんは特にそれが顕著やった。転んだだけで、触れただけで、皮がめくれる。

廊下を自分で出てきてたまに小さな傷を作ってくることもあった。巡視のタイミングで無事やったとしても、次に見たときには何かしてることがある。そういう人やった。

施設の廊下は夜、独特の静けさがある。蛍光灯の薄い光。消毒液と排泄物が混ざったような、甘くて重たい空気。ゴム底のシューズが床に擦れる音だけが響く。そういう時間帯に、フラフラと歩いてくる小さな影があった。

嫁は「可愛いんです」と言うてた。面会に来るたびにそう言った。それがまた、なんとも言えん気持ちにさせてくれた。嫁にとっては、ずっとそういう人なんやろな、と。

おとなしい時間帯もちゃんとあった。ベッドに横になって、穏やかに目を開けてることもあった。そういう時は本当に小さくて、か細くて、心配で見守りたくなるような、そういう存在感やった。

だから余計に、あの瞬間は衝撃やった。

「お前、勝手に人の家に入ってきて!」

ある朝方のことや。

夜勤の終わりが近づいてきた時間帯。夜中の細かい対応が一段落して、あとは申し送りまで粛々と動く、そういう時間帯やった。

ワイが廊下を歩いてたら、そのお爺さんが部屋から出てきた。

最初は「また出てきたな」くらいの感覚やった。転倒リスクがあるから誘導せなあかんな、という職業的な反射やった。声をかけようとした。

そしたら、お爺さんがこっちを見た。

その目つきが、いつもと違かった。

「お前、勝手に人の家に入ってきて!」

一方的に怒鳴り始めた。

施設の廊下は、そのお爺さんにとって「自分の家」やった。ワイは不法侵入者やった。介護職員でも何でもない。夜中に知らん男が自分の家をうろうろしとる。怒って当然や、その人の世界では。

頭ではわかってる。認知症やから。現実の認識がずれてるから。でも体は反応する。

そのまま、殴りかかってきた。

フラフラ歩きの人が、その瞬間だけ別人みたいに力があった。

拳というよりは、手で押してくるような感じやった。でもその力が、体格とか年齢とか、そういう予測を完全に裏切ってきた。90歳超の、フラフラ歩きの、小さなお爺さんから出てくる力やなかった。

受け流しながら、距離を取った。刺激したらあかん。声を荒げたらあかん。こっちが落ち着いてないと余計に興奮させる。20年でそれだけは骨身に染みてる。

でも正直、怖かった。

怖いと感じる自分に、一瞬「情けないな」と思いかけた。でもすぐに打ち消した。怖くて当然や。人間として当然の反応や。これは恥ずかしいことやない。

認知症の「あの力」はどこから来るのか

介護の教科書にも書いてある。認知症の周辺症状として、興奮状態のときに普段では考えられない力が出ることがある、と。

でも教科書で読むのと、実際に目の当たりにするのとでは、全然違う。

なんで力が出るのかというと、諸説あるけど、ワイが現場20年で感じてきた肌感覚で言うと——恐怖と混乱が、すべてのリミッターを外すんやと思う。

認知症になると、現実の認識がバラバラになってくる。どこにいるのかわからへん。誰がいるのかわからへん。何が起きてるのかわからへん。その混乱と恐怖の中で、知らない人間が近づいてきたら。自分の「家」に侵入してきたと感じたら。

人間の原始的な部分が反応する。

逃げるか、戦うか。その二択しかない状況で、体は全力を出す。日常生活で使ってるレベルの力やない。本能的な防衛本能が動いてる力や。

普段は「いつ転倒してもおかしくない」と思うてた歩き方。でも攻撃してくるときの足取りは、まるで別人やった。同じ体から出てきてる力とは思えへんかった。

そしてこのお爺さんの場合、もう一つ厄介な要素があった。

皮膚の状態が悪いということ。

攻撃してくる側がそういう状態やと、こっちの対応の選択肢がさらに狭まる。強く掴んだら剥離する。そうかといって放置もできひん。最小限の接触で、最大限の安全を確保する。口で言うのは簡単やけど、実際の現場で瞬時にそれをやるのは、そう簡単やない。

詰所に閉じ込められた夜

あの夜のことは、今でもはっきり覚えてる。

2人夜勤の日やった。ワイともう1人、ベテランの同僚。二人いれば少し心強い——そう思っていた夜やった。

お爺さんが興奮状態になった。

最初はいつもと同じような感じやった。部屋から出てきて、廊下をうろついてる。でも様子がいつもと違かった。目つきが尖ってた。何かに対して怒ってるというより、何かから逃げようとしてるような、そういう緊張感があった。

そのうち、詰所の前まで来た。

詰所というのは、職員が記録を書いたり、薬の管理をしたりする小さな部屋や。施設によって作りは違うけど、その施設の詰所はそこまで広くなかった。

お爺さんが詰所の前で、動かんようになった。

出ようにも出られへん。

詰所の中に閉じ込められた。出口は、お爺さんが塞いでいた。

こっちから強引に出ようとしたら、お爺さんに接触する。接触したら興奮が増す。皮膚の状態が悪いから剥離のリスクもある。下手に動けへんかった。

そのうち、お爺さんが詰所の電話に手をかけた。

受話器ごと持ち上げた。

投げるつもりやと思った。

あの瞬間の感覚は独特やった。恐怖というより、「詰まった」という感覚に近かった。次の一手がない。大声を出したら興奮させる。近づいたら剥離リスクがある。逃げようとしたらぶつかる。電話は今まさに持ち上げられてる。

詰所の蛍光灯の白い光。消毒液の匂い。記録用紙がパラパラと風でめくれる音。それ以外は、静かやった。お爺さんの息遣いと、自分の心臓の音だけが聞こえるような時間やった。

声をかけ続けた。穏やかに、低く、ゆっくりと。「大丈夫ですよ」「ゆっくりしてください」「何かありましたか」。答えは返ってこん。でも声をかけ続けることしかできひんかった。

しばらくして、お爺さんは電話を置いた。

理由はわからへん。気が変わったのか、飽きたのか、それとも声かけが功を奏したのか。

ただ、置いた。

そのまま部屋の方へ歩いていった。フラフラしながら、でも確かな足取りで。

同僚とワイは、しばらく無言やった。

「怖かったな」とどちらかが言った。どっちが言ったかは覚えてへん。でもその一言で、ほんの少し息ができた気がした。

先生の頭を叩いた日

それからしばらくして、今度は別のことが起きた。

ドクターが施設に診察に来る日やった。

その施設には、定期的に医師が回診に来てた。入居者の身体状態を確認して、薬の調整をしたり、必要があれば指示を出したりする。

そのドクターは70を過ぎた男性やった。長年、嘱託医として施設と関わってきた先生で、入居者のこともある程度把握してた。

お爺さんの部屋に入った。

身体の状態を確認しようとした。

その瞬間やった。

お爺さんが、先生の頭を叩いた。

ドクターがブチ切れた。

そりゃそうや、と思う。どんな職種であっても、人間を診ようとして突然頭を叩かれたら、感情的になる。なってしかるべきや。先生も人間やから。

でも現場の職員の空気は、少し違かった。

「またか」という空気があった。

これは冷たさやない。このお爺さんがどういう状態かは、みんなわかってたから。認知症で、精神症状が強くて、知らない人間が近づいたら攻撃することがある。それはみんな知ってた。だから「またか」という感覚になる。

悪意があってやってるわけやない。でも叩かれた側は痛い。その矛盾が、この仕事には無数にある。

その後、ドクターが怒った状態のまま、いろんなことが言われた。対応がどうとか、事前の説明がどうとか。ワイらはそれを受け止めながら、内心では「先生、それはこっちも毎日やってます」と思うてた。

言えへんけど。

立場の問題もあるし、先生が怒るのも無理はないとも思ってたし。

ただ、現場の職員は毎日あの力を受けながら仕事してるんやということは、誰にも言えへんままやった。

「怖い」と感じることは恥ずかしくない

ワイが介護の仕事を始めた頃、怖いと感じることへの罪悪感があった。

「プロやのに怖がってどうする」「利用者さんに失礼やろ」「認知症やから仕方ないやんか」——そういう言葉を、自分の中で自分に向けてた。

でも20年やってきて、今は違う考え方をしてる。

怖いと感じることは、正常な反応や。

人間の体は、脅威を感知したら恐怖を感じるように設計されてる。それは何万年も前から変わってない原始的な仕組みや。その反応を「プロやから」という理由で押し込めるのは、体に嘘をつくことやと今は思う。

夜勤明け、一人で更衣室に戻って着替えながら、ふと手が震えてることに気づくことがあった。あの夜のことを思い返して。「なんでやねん」と自分でツッコミながら、それでも震えは止まらへんかった。

感じてええんや。怖くてええ。

大事なのは、怖いと感じながらも適切に動けるか、ということやから。

怖さを感じることと、プロとして動くことは、矛盾せえへん。むしろ怖さを感じてる自覚があるからこそ、冷静に動ける部分もある。自分の状態を知ってるということやから。

「怖い」を認めること。それだけで、ずいぶん楽になる。

認知症の人を「理解する」とはどういうことか

あのお爺さんに向き合ってきた時間の中で、ワイがずっと考えてきたことがある。

「理解する」とはどういうことか、ということや。

認知症の人のことを「理解しましょう」という言い方をよく聞く。その人の世界観を尊重しましょう。その人の気持ちに寄り添いましょう。

それはそうや。正しいことやと思う。

でも現場では、理解しようとすればするほど、しんどくなることがある。

あのお爺さんがワイに怒鳴りかかってきたとき、そのお爺さんの世界では「自分の家に侵入した不法侵入者」と戦ってた。お爺さんにとっては完全に正当な行為やった。

こっちはそれを「理解」しながら受け止める。

理解した上で、それでも傷つく。理解があっても痛みは消えない。現場とはそういうところや。

怒鳴られた言葉は、耳に残る。攻撃された記憶は、体に残る。何度経験しても、完全に慣れることはない。

ワイは20年でそれを学んだ。

「慣れましょう」やなくて、「慣れることはないと知っておきましょう」が正しいと思てる。慣れないことを前提に、それでもどう動くかを考える。それが現場でやっていくための、ワイなりの答えや。

悪意がない攻撃をどう受け止めるか

認知症の人からの暴力や暴言を、どう受け止めるか。これは介護職にとって、永遠のテーマみたいなもんやと思う。

「悪意がないから傷つかない」と言える人がいたら、ワイはその人を疑う。

悪意があるかどうかは、受けた側の痛みとは別の話や。

殴られたら痛い。怒鳴られたら怖い。それは事実やし、その感情は正当や。悪意がないからといって、その痛みや恐怖が消えるわけやない。

じゃあどうするか。

ワイが20年でたどり着いたのは、「切り替えを早くすること」やった。

引きずらへん、という意味やない。引きずらへんようにしようとすること自体が消耗するから。

「あれはあれ、今は今」という感覚を、意識せずに切り替えられるようになること。それが積み重なってきたのが、ワイにとっての20年やった。

詰所を出た後、廊下で深呼吸を1回した。それだけで次の仕事に入った。感情の処理は、後でやる。今は動く。そういう切り替えを、体が覚えていった。

これが全員に当てはまるかは、わからへん。人によって違う方法があると思う。でも「感情を消す」のと「切り替える」のは違う。消そうとしたら歪む。切り替えるのは、感じた上で次に進むことやから。

それでも続ける理由

正直に言うと、あのお爺さんのことを「好きやった」と言えるかは、今でもわからへん。

怖い思いもした。詰まった思いもした。どうしたらええかわからへん夜もあった。

でも、介護の仕事を続けてきた理由の一つに、あのお爺さんのような人たちとの時間があることも確かや。

おとなしい時間のあのお爺さんは、本当に小さかった。か細い足で、ベッドの上に座って、窓の外を見てることがあった。何を見てたかはわからへん。でもその横顔には、長い時間を生きてきた人間の、何か重たいものがあった。

90年以上生きてきた人が、最後の時間をここで過ごしてる。

その時間の一部に、ワイは関わってる。

それがいつも、この仕事を続ける理由の底にある。

怖かった。しんどかった。それでもここにいる。それだけのことが、積み重なって20年になった。

同じ現場にいるあなたへ

この記事を読んでる人の中に、同じような経験をしてる人がいると思う。

怒鳴られた記憶が残ってる人。

攻撃されて、「怖い」と感じた自分を恥じてる人。

「もっとうまく対応できたはずや」と、ずっと引きずってる人。

ワイが言えることは一つや。

それは当然の感情やし、あなたはちゃんとやってる。

完璧な対応なんか、現場にはない。教科書通りにいくことの方が少ない。怒鳴られながら、怖い思いをしながら、それでも次の巡視に行って、次の対応をして、それを繰り返してきた時間そのものが、プロの証明やと思う。

現場でしんどくなったときのワイなりのやり方

①その場で1回深呼吸する。感情は消さない、でも「今は動く」と切り替える。
②同僚に「さっき怖かった」と一言言う。言葉にするだけで少し軽くなる。
③帰宅後、その日のことを頭の中で一度「終わらせる」時間を作る。引きずる前に、一回区切りをつける。
④「自分が悪かったのか」と考えるのは、感情が落ち着いてからでええ。現場の興奮状態で答えを出さない。

認知症介護に、「正解をやれば傷つかない」という保証はない。

ただ、正しく動こうとした自分のことは、ちゃんと守ってやってほしい。

怖かったことを認めること。しんどかったことを認めること。それが次の日もここに来られる理由になる。

答えのない問いと、それでも立つ場所

あのお爺さんは、自分が何をしてるかわかってへんかった。

ワイを攻撃してるときも、電話を持ち上げたときも、先生の頭を叩いたときも。悪意は1ミリもない。ただ、恐怖に反応してた。混乱の中で、できることをしてた。

それを「理解する」ことと、「傷つかない」ことは、全然別の話や。

介護の仕事の中で、ワイが一番しんどいと思うのはここや。

悪意のない攻撃を受けながら、笑顔を保つことが求められる場面がある。「プロやから」という言葉でそれが正当化されることがある。でもプロであることと、人間であることは、矛盾せえへん。

傷ついてもええ。

怖くてもええ。

それでも明日ここに来ることを選んでるあなたは、十分すぎるほどやれてる。

20年現場にいて、今も答えはわからへん。でも、ここに立ち続けることが、ワイの答えや。

あのお爺さんの横顔を、たまに思い出す。

おとなしい夜の、窓の外を見てる小さな背中。

あの時間に関われたことは、間違いなくワイの仕事の一部や。怖かったこととセットで、そのまま胸の中にある。

現場でしんどい思いをしてるあなたに、この記事が届けばええと思って書いた。

今日も一日、お疲れさんやった。

夜勤明けのワイに、コーヒー一杯奢るつもりで読んでもらえたら嬉しいです。記事を書き続ける励みになります。

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