※この記事は、20年以上前の体験をもとにした内容です。制度や運用は現在と異なる部分があります。個人が特定されないよう、一部内容を変更・再構成しています。特定の施設・個人を批判する意図はありません。見出し画像は内容をもとにしたイメージです。
介護の現実 — 駆け出しの頃
あの「ガン」という音。
配膳車と、弁償と、同僚の優しさ。介護を始めて間もない頃の、忘れられない一日。
▷ この記事でわかること
- 介護を始めて間もない頃に起きた、配膳車の事故の話
- エレベーターの扉を壊してしまった、たった数秒の出来事
- 介護の給料には重すぎた、弁償の金額
- 主任の「みんなで分けよう」という一言と、同僚の優しさ
- 「ありがたいほど、つらい」という感覚の正体
介護を始めて間もない頃の話や。
あの日が夜勤明けだったのか。相手だったのか、自分だったのか。
細かいことは、もう曖昧になっている。
でも、ひとつだけ、はっきり覚えている。
あの「音」だ。
ひとつだけ、はっきり覚えている

もう20年以上も前の話やから、いろんなことが、記憶の中でぼやけている。
その日の天気も、自分が何を考えてたかも、はっきりとは思い出せへん。
でも、ある一つの音だけは——今でも、耳の奥にこびりついて離れへん。
その音の話を、今日は書く。
駆け出しの介護士やったワイが、忘れられへん一日の話や。
いつもの、朝の配膳だった
2歳年上の同期と2人で、朝食の配膳をしていた。
配膳車にお膳を乗せ、エレベーターで各フロアに運ぶ。
毎日繰り返している、いつもの作業やった。特別なことは何もない。手も慣れていた。
その「慣れ」の中に、落とし穴があったのかもしれへん。
エレベーターが、開いた。
——正確には、まだ開ききっていなかった。
扉が、開ききる前に
その瞬間、前にいた同期が、配膳車を押し出した。
鈍くて、重い音やった。
視線を落とすと、扉がわずかに歪んでいた。すぐに分かるレベルやった。
ワイは、後ろにいた。
止めるボタンにも、手は届かなかった。本当に一瞬の出来事で、何もできなかった。
2人とも、しばらく言葉が出なかった。
廊下には、妙な静けさだけが残っていた。
「やってしまった」という感覚だけが、その場の空気を、重くしていた。
弁償の金額を聞いたとき
やがて主任が来て、状況を確認し、弁償の話になった。
金額を聞いたとき——耳の奥が詰まるような感覚がした。
現実感が、なかった。
2人で負担しても、給料がほとんど残らない額やった。
介護の給料で、それは、正直きつかった。
介護の仕事をしてる人なら、分かると思う。
ワイらの給料は、決して高くない。その中から、まとまった額の弁償が出ていく。生活に、直接ひびく。
頭の中で、来月の生活費を計算した。血の気が引くような感覚やった。
「みんなで分けよう」
しばらく沈黙があって、主任はこう言った。
「それは可哀想やから、みんなで分けよう」
救われた、と思った。
その一言で、ワイと同期の負担は、ぐっと軽くなった。
フロアのみんなで、少しずつ分けて負担してくれる、ということやった。
ありがたかった。本当に、ありがたかった。
でも、同時に——関係のない同僚たちの顔を、まともに見られなかった。
ありがたいほど、つらかった
頭を下げても、足りない気がした。
ワイらのミスで、何の関係もない同僚たちのお金が、出ていく。
その事実に、頭を下げ続けることしか、できなかった。
誰も、文句は言わなかった。
「気にせんでいいよ」と、笑ってくれる人もいた。
その優しさが、ありがたいほど、つらかった。
責められた方が、まだ楽やったかもしれへん。
怒鳴られたら、こっちも「すみません」と謝って、それで終われた。
でも、優しくされると——その優しさに、申し訳なさだけが、どんどん積もっていく。
自分のせいじゃない。でも、巻き込んでしまった。その感覚だけが、ずっと残った。
たった数秒、待っていれば
たった数秒。
扉が完全に開くのを待っていれば——。
そう思うと、今でも、あの「ガン」という音が、ふとよみがえる。
この出来事は、ワイにいくつかのことを教えてくれた。
「慣れた作業ほど、ほんの少しの焦りが事故を生む」こと。「数秒を惜しまないことが、結局は一番の安全」やということ。
そして——ミスをしたとき、人の優しさは、救いであると同時に、重さにもなるということ。
あの主任の言葉も、同僚の「気にせんでいいよ」も、ワイは今でも忘れてへん。
あのとき受け取った優しさを、今度はワイが、後輩や仲間に返していく番なんやと思う。
駆け出しの頃の、あの「ガン」という音は——ワイにとって、ずっと忘れられへん、大事な音や。
同じように、現場でミスをして落ち込んだ経験がある人——あるいは、誰かの優しさに、かえって申し訳なさを感じた経験がある人。この記事が、少しでも「自分だけやなかった」と思えるものになったなら、夜勤明けにこれを書いてる甲斐があるってもんや。
この記事、もし「読んでよかった」と思ってもらえたなら——
夜勤明けのワイに、コーヒー一杯だけ奢ってもらえませんか。
それだけで、次の記事を書く燃料になります。
※OFUSEの投げ銭ページへ移動します。金額は自由です。